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教師の差別意識がいじめを生み,育てる

 dolceさんは,このブログにとって,本当に最高の題材を提供してくれますね。

 荒れた学校にいる教師の「子ども観」「人間観」「教育観」は,やはり一般の感覚とはかけ離れたものがある,という印象があります。

 dolceさんという人は,教育,という仕事への情熱を,どこにあると考えているのか,よくわかりません。

 以下の話は,「作り話」ではないそうですが,「直接体験したこと」ではないと思われます。

 それなのに,いい加減な「因果関係」もふくんで記述をしています。

 長いですが,とても参考になるので,引用させていただきます。

 下線は,気になるところで,私が引きました。

*******************

>なんと、わざわざいじめの原因を作っている校長もいました。
>信じられないでしょうが、作り話ではありません。

>その中学校では数人、登校しない男子生徒がいました。
>不登校ではありません。
非行を働く生徒たちです。

>始めは学校に来ていましたが、街で何かやっていた方がおもしろいと感じるようになったのか、学校に来なくなったのです。恐らく、家は出るもののゲームセンターへ行っていたと思われます。

>校長は、点数稼ぎのために、教育委員会に、ウチの学校は不登校の生徒はゼロという報告をしたかったわけです。

>そこで、あれこれ策を練って悪たちを登校させるようにしたのです。

>ところが、登校するようになった悪たちは、校内で悪さをするようになったのです。

つまり、いじめが起こるようになったわけです。

>それまで、いじめをする生徒がいなくて、学校は平和だったのに、いじめをする生徒が登校するようになって、いじめが起こるようになったのです。

困った生徒たちは、校長にも、何とかしてくれるように頼みに行きましたが、校長はのらりくらりと交わすだけで何の対策も取りませんでした。

>人が死ぬほどのことはなかったせいか、表面には出ませんでした。
>そのうち、校長は栄転していきました。

*******************
 
 問題です。

 1.問題行動を起こす生徒たちが登校させることに成功した「策」とは何でしょうか。

 2.なぜ,どのような「いじめ」が起こったのでしょうか。

 3.なぜ,困った生徒たちが,「校長先生」にまで,相談しに来たのでしょうか。

*******************

 できればdolceさんにお答えいただきたいのですが,

 答えたら,自分にとって「都合が悪いこと」を書かざるを得ないので,

 無理でしょうね。

 誤答例です。

 1.学校に来て,気に入らない生徒や教師をどんどんいじめていいよ。と校長先生が言ったから。

 2.校長先生がすすめたから。先生に注意されることはないから,ありとあらゆるいじめをした。

 3.生徒は,校長先生がすすめたからとは知らずに,先生方がいじめを見ても何も指導してくれないので,校長のところにやってきた。


 dolceさんの論理?予想?がおかしいのは,いじめが起これば,それが原因で学校に来なくなる生徒が出てくる可能性がありますね。

 そうすれば,不登校の数が増えるおそれがあります。

 だから,「不登校の数をなくす」目的で,「いじめるのがわかっていて,登校させる」というのはおかしいのです。

 普通に考えれば,「登校させたら,いじめや暴力行為が起こらないように,目を光らせておく」のです。

 でも,そういう能力が教師にない,というのが前提の話なので,仕方がないですか。

 
 dolceさんのような差別意識も,子どものいじめを助長する原因になることを,若い先生方はしっかりとむねにやきつけておいてほしいと思います。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より