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安易で無責任な教師たちの実態を知る方法

 dolceさんのブログが,また注目を浴びそうです。

 安易で無責任な教師たちの実態が,綴られています。

 ・・・・・・・・・・

>と、挙げればきりがないが、こういう状況では、先生たちは授業に行って帰るという最低限の仕事しかしない。
>とにかく、職員室は先生たちが集まっているので、安心感のある砦のようなものだ。

 

 こういう教師たちが,子どもを「見殺し」にするわけです。

 なぜ,問題行動に立ち向かわないか。

 「自分がやられるのがこわいから」だそうです。

>それをまともにしようと正義感を出す先生がいれば、攻撃の対象になりかねない。

 おい! だから何ですか?

 正義感を出してはいけないのか?

 攻撃の対象になってはいけないのか?


  
 こういう教師たちだからこそ,「荒れている」のが,なぜわからないのか?


 ・・・・・・

 と,教育に情熱をかける教師が言うかもしれません。

 そんな内容です。

 事例で挙げられている学校なら,何をどうすべきか?
 
 自分たちで考えて,わからないなら,

 「全保護者たち,地域の人たち」に,泣きついたらどうですか?

 どうして夜中になる前に,泣きつかなかったのですか?

 そうですね。「手遅れ」になっていることを,自ら明かすことになるからですね。

 「こうなる前に,どうにかならなかったのか」・・・・そう言われるのが,嫌だったからですね。


 
 私が異動した2校目の学校は,こういうことをやった直後の状態だったので,

 「教師不信」が頂点に達していました。

 
 それを払拭するためには,どうすべきか。

 「全員が犠牲になる」つもりで,子どもに向き合うしかないのです。

 「私たちの学校は,すべての教師が,すべての子どもを指導する学校です」と言い切って,その通りするしかないのです。

 学校崩壊は,1年で立ち直りました。

 問題行動を起こす生徒をゼロにすることはできません

 しかし,問題行動から逃げる教師をゼロにすることはできました

 3年後には,地域から生徒が集まる学校に変わりました。

 学校は,教師の「態度」次第でがらっと変わるのです。

 これは,あくまでも私の体験に基づいた話です。

 愛知県や滋賀県で,それができるかどうかはわかりません。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より