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本質の部分ではなく,「つけたし」に目が行く子ども

 「学び合い」は,とてもいい「学び方」です。

 教師がいなくてもできる「学び方」だからです。

 問題がある教師であるほど,「学び合い」は望ましい学習のあり方かもしれません。

 しかし,「学び」は協力し合う「仲間」がいないとできないことかというと,

 そんなことはありません。

 本質と「つけたし」が逆転する現象は,いたるところで見られます。
 
 授業を参観していると,

 「つけたし」の方が「わかりやすい」(実際は,「わかったような気になっただけ」)ため,

 そっちばかりを重視する教師や子どもをよく見かけます。

 授業の目標から離れていき,

 「安易な理解」の方に目が向いていく。

 日常的な,生活の中でもいたるところにある現象です。

 本質から目をそらし,どうでもいいことばかりを子どもに教え込む教師たち。

 今まで,教育の場で再生産されてきたこの連鎖をどこかでたちきらなければなりません。


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コメント

負の連鎖を断ち切る、とても重要で、簡単なようでもなかなか思うようになりません。

私が考えるに、子供たちに知識ゼロからの正しい知識の構築方法を教えるのが良いと思いますが、あまりにも浅はかな辞書引きをしていたのでは全く無理。

調べるとき、もっと深く、突っ込んだ調べ方を教えないとなりません。
もちろん、型にはめた知識を押しつけたり、個人の曲解を示したりでは、デタラメを教えていることになります。

ゼロから構築すれば、と言っても、すでにいろいろな資料や解説があり、どれがどういう理由で正しいといえるのかということを話せるようになることでもクリーンな知識の構築に役立つと思います。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より