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わかりやすい物語が日本を滅ぼす(上)

 少し長くなりますが,『どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?』(内田樹・高橋源一郎/ロッキング・オン)の「まえがき」から,SIGHT編集長でこの本のインタヴュアーの渋谷陽一さんの言葉を引用させていただきます。

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 変えようとは思うのだが,どう変えたらよいかわからない。その方法も,ヴィジョンも見えない。それが今,多くの人の共有する閉塞感ではないだろうか。だから,それに対応する「こうしたらいい」というわかりやすい物語は,政治の現場やメディアなどあちこちで流通し,人気を集めたり,集めなかったりしている。そして,恐ろしいことに,人気を集めている物語のほとんどが,新しい右肩上がりの幻想を語っているものである。(中略)

 前述のように,今,人気を集める多くの物語が,喉越しのよさと口当たりのよさを売り物にしているのに対し,この内田・高橋両氏の語る思想は,一見,かなり商品性が低いように見える。しかし,僕は音楽評論家として仕事をしてきた人間だが,ポップ・ミュージックに付き合って50年,最終的に勝つのは,苦く喉越しの悪いリアルだということを知っている。

*****************

 勝ち負けを考えてブログの記事を書いているわけではありませんが,

 「苦く喉越しの悪いリアル」から目をそらすのは,一日でも,一秒でも早い方がよいでしょう。

 今までは,教師たちの「喉越しの悪い苦い現実」を見て見ぬふりをしてきた子どもたち。親たち。そして同僚の教師たち。教育委員会の人間たち。

 「悪さの宣伝」になりそうなことを,徹底的に避けてきた,管理職たち。

 「危機への対応」の観念を全く持っていない,管理職たち。

 「問題を起こしてくれた方が,やめさせるきっかけになるからいい」と思って,放置している管理職たち。

 若い教師の活躍の芽をつむ元管理職たち。

 何も,「変わる必要はないのです。

 「見なかったもの」を「見る」ようにすれば,それでよいのです。

 いじめの件で,教育界の「隠蔽体質」がまた明らかになりました。

 「見ようとしない」ことは,教育の放棄にあたります。

 しかし,「問題を見ようとしない体質」

 「自分たちの過ちを認めようとしない体質」の純度がほとんど100%になっている人を,

 どう変えるか・・・・・これは本当に難しい課題です。


 最初に挙げた本の内容にはいっさいふれませんが,内田樹と高橋源一郎がどこかdolceさんという人と似ているところがある・・・・・ということに私は気づかされました・・・・ある人物評を述べている,ごく一部のところでですが・・・・とだけ書かせていただきます。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より