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荒れた中学生と「ヤクザ」を同列に語るdolceさんの笑えない教育観

 dolceさんは,

 「ヤクザ」と言えば「すぐにキレて,拳銃で撃つ人」と短絡的に考えてしまう人のようです。

 こういうのを,何というかは,ご自分が書かれていました。

>不信感や猜疑心ばかり持っている人の範疇では、子どもは伸びないと思います。

 と書いた後で,

>「先生はヤクザに注意ができますか?」
>と言われたことだそうです。
>そういえば、運転中に、前が開いているのにも関わらず進まない車に、催促をしたら、運転手が降りてきて、いきなり銃で打たれたという事件がありました。
>相手がヤクザとわかっていたら、催促はしなかったかも知れません。

 とか,

>ヤクザでなくても、構内で徒党を組んでいるいわゆるワルと言われている生徒たちには、注意をしないという傾向があります。
>こういうところは、他の生徒たちが不満に感じることでもあります。
>なぜ注意しないか?
>答えは簡単です。
>怖いからです。

 ということが平気で書けてしまう,その大胆さ

 自分が批判している人間が自分であることに気づけない人の「思考のメカニズム」が分かれば,学校での「無駄な時間」が減り,「有効な生活指導」が増えることにつながるでしょう。

>自分は前線に立ったことのない人、立とうとしない人、それでいて口だけで空想を言っている人が、最も軽蔑する人だと思っています。

 目くそ鼻くそを笑う,というやつでしょうか。

 前線に立って逃げている教師は軽蔑されると書いている自分がいるのを忘れている

>教育の第一歩は子ども(児童生徒)を信頼することだと思います。

 それならば,

>構内(ママ)で徒党を組んでいるいわゆるワルと言われている生徒たち

 も信頼してはいかがでしょう?

 身体検査をしてからでないと,注意ができないのですか???

 それとも,心理テストとか脳波の検査をして,自分に危害を加える意図がないことが証明されないと,注意はできませんか?

 びくびくしながら中途半端に介入してくる教師が
 
 一番狙われやすいことくらい,実体験がなくても想像できることでしょう。

 dolceさんが,一番危険な状況にあったということがよくわかりました。

 つづきも楽しみに読ませていただきます。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より