ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« カルロスさんに一言,申し上げたき儀 | トップページ | 【投票受付№3】 指導力不足教員との「出会い」(途中経過あり) »

dolceさん程度の「指導」なら,必要がない場合もある

 ごく「ふつう」の記事をお書きになっていても,

 あれあれ?

 という言葉がたくさん登場してきますね。

>だから、指導するということは、指揮をする場合なら「指揮棒を右手に持って」「棒と腕が一直線になるようにして」「この位置に構えて」「こういう図形を書くように」・・・と具体的に示さなくてはならない。

 今上に書かれたようなことは,「見た」だけでできる子もいますね。

 教師の指揮が正しければ,の話ですが。

 私には,「指導する必要のないこと」に見えます。

 ふだん「見せている」ことが指導だ,と言われてしまえば,ああそうですね,思うまでです。

 問題集を解かせるときに,「問題集を開いて」「ノートを開いて」「鉛筆を持って」などとは「指導」しないでしょう。

 そもそも,「指揮者」は大勢は必要ないので,「わざわざ指導しなくても,できる子」を選べばすんでしまう,ということもあるでしょう。

 指導力のない教師は,

 指揮が上手にできる子どもとできない子どもの違いを,具体的に説明することができないでしょう。

 指揮者に求められる能力は何か,を説明することができないでしょう。

 中学生の指揮者が陥りがちな間違いを,具体的に説明することができないでしょう。

 
******************


>講師が立て板に水のごとく、機械語のプログラムを説明していたのに感心して、ある人が質問をした。
>「一体、どのような勉強をしたら、先生のようになれるんですか?」
>と、そうしたら、講師はちょっと得意顔になって
>「そりゃあ、何百冊と本を読むことですよ」
>と言った。

>私はそうだろうなと思った。


 これ,私にとっては,「まさか」のオチです。

 でも,「やっぱりか」のオチでもある。

 これ,「指導力のない講師」の典型ですよね・・・・。

 ある意味,とても「よくできた話」です。

 でも,読み続けていくと,「本気でそう思っていた」ことがばれてしまって・・・。


 自分ができることと,人に教えることは違う,という根本的なことが,分かっていない

 本を読めばできるようになるなら,教師は必要ないのです。

 もしかして,本を読ませるのが,教師の仕事と思っている???

 指導力不足の教員の典型的な姿の一つです。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へ 

« カルロスさんに一言,申し上げたき儀 | トップページ | 【投票受付№3】 指導力不足教員との「出会い」(途中経過あり) »

教育」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: dolceさん程度の「指導」なら,必要がない場合もある:

« カルロスさんに一言,申し上げたき儀 | トップページ | 【投票受付№3】 指導力不足教員との「出会い」(途中経過あり) »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より