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いつも「つくり笑顔」の「逃げ専門」教師がいた

 以前から2~3度,取り上げたことがあるのでご記憶のある方がいらっしゃるかもしれません。

 私の2校目の勤務校は,「荒れ方が半端でない」ことが全区に知れ渡っている,「指導困難校」でした。

 教師が半分以上入れ替わったら,学力向上のモデル校の1つになりましたから,少なく見積もっても半分以上は,教師のせいで荒れていた学校だったのです。

 その学校で勤務していた教師から,私と同学年に配属された初任者が,こう言われたそうです。

 「生徒に対しては,いつも笑顔でいれば大丈夫だから

 ・・・・・・・・・・・・・

 これがいかに「大丈夫ではない」かが,荒れた状態のままの学校の教師には,わからなかったようです。

 この初任者には,「笑顔でいてはいけない場面」がわかっていたようで,「大丈夫ではない」状態にはならないですんだようです。

 「やさしい先輩からのアドバイス」が,

 荒れた学校を放置する,いかに無責任な言葉であるかを,

 これから教職につく人にはご理解いただけるでしょう。

 しかし,

 笑顔でい続けることしかできない,指導力と「情熱」の欠けた人が現場に多いのも確かです。

 教師というのは,年数がたってくると,

 自分より指導力の低い教師がいると,安心してしまいがち,という側面があります。

 簡単な例を想像してみてください。

 5年生の子どもたちが口々に言います。

 4年生の担任より,字がきれいで,説明もわかりやすい。

 ・・・・と言われた教師が,4年生のときの担任に,今年,受け持たれているクラスの子どもを心配する,ということをふつうするでしょうか。

 学力が低いままで放置されている子どもが何人もいれば,その「問題」に気づくでしょうが,そうでなければ・・・。

 ダメ教師がいるから,自分への評価が高くなる。

 そういう「相対主義的自己満足・自己完結型教師」は,学校を良くする方向の役には立ちません。

 中学校に話を戻すと,

 (中途半端に)毅然とした態度をとることで,生徒が暴れ出し,おさえがきかなくなってしまうことを怖がる教師に,

 「そんなことだから子どもがああなるんです」

 と言える人がいなかったために,
 
 「目覚めることができなかった」教師を救うには,

 「あなたとあの子どもたちは同じレベルです」と伝えてあげるしかないでしょう。

 笑顔は,自然に生まれるものです。

 相手から言われて,初めて自分が笑顔だったことに気づくような表情でよいのです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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