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20Wと100Wの先生の違い

 管理職は,教員の「仕事量」をある程度は把握しています。

 その「限界」も。

 「限界」には大きく分けて2種類あって,

 「能力の限界

 「時間の限界

 のうち,管理職がより重視しているのは「能力」の限界で,

 学校現場ではあまり考慮されないのは,「時間」の限界です。

 多くの学校では,

 「100Wの先生」に仕事が集中し,

 「20Wの先生」は自分のことで精一杯,というのが実情でしょう。

*********************

 管理職は,「100Wの先生」の獲得のためには,教育委員会に「うそをつく」ことが得策であることを知っています。

 「いかにこの職場が厳しいか」をPRすることが,
 
 一人でも多くの「100Wの先生」を獲得する近道である場合が多いからです。

 「20Wの先生」は,「省エネ」のプロである場合も多く,

 そういう人たち向けの本もたくさん出版されているのが,教育という世界の特徴でもある。

 「100Wの先生」はそういう本を読む暇はない。

 「忙しい」「忙しい」と言っている人が,「こうすれば楽ができる!」という本を読むのに費やしている時間を計算したことがある人はいるでしょうか?

*********************

 教師たちは,「子どもを育てる」ことへの関心はある程度もっていても,「教師を育てる」ことへの関心は高くない。つまり,管理者としての視点を欠いているために,自分たちの能力を開発することへの意欲が低い。

 こういう人のまわりにいる子どもでは,「向上心」は芽生えにくいでしょう。

 子どもは,その道何十年という職人さんが,『自分はまだ半人前だ』と言うのを聞いたとき,初めて「向上心」と言うものの意味を知ったりする。

 そういう実感を,学校現場でもたせることはできないか。

 20Wが40Wに,100Wが200Wになる,そういう「教師の成長」を子どもが目の当たりにするときはないのか。

 きっとできるでしょう。

********************

 その方法の一例。

 学校内で,子どもが子どもや教師に生の言葉で「伝える」「伝え合う」時間を増やすことです。

 「学び合い」なんていう高度なことは考える必要はありません。

 クラスの中で完結するような生活が最も「成長」の足をひっぱります。

 クラスや学年を枠を超えた子どもの動きが,教師の側のクラスや学年の枠を壊してくれます。

 20Wの教師が40Wに成長できる条件は,何でしょう。

 これが分かるようになるまで,20年かかりました。
 

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より