大学で「退化」してしまった教育実習生たち
「優秀な学生」の中に,本当に「つまらない」授業しかできない人がいるのは,だれでも想像ができるでしょう。
大学で,「優秀である」という「お墨付き」をもらうことによって,自分がやってきたことを肯定的に捉えている人が,いざ授業をする立場になると,
「自分がやってきたように学ばせればよい」と考えて,「つまらない」授業をしてしまう。
これで何がわかるかというと,大学で「優秀である」ことが証明されたことによって,教師としては「優秀ではない」ことが確定してしまった,ということです。
大学では,「大量の履修生」を「消化」するために,「知識の垂れ流し」をすることが多いのでしょう。
これが義務教育段階の「学び方」と異なる点です。
入れる人が限られている大学,大学に入れる人が限られていた時代なら,それで成立していたのかもしれません。
「知識の垂れ流し」という,最も労力の少ない,「免許がなくてもだれでも『教えた』ことにできる」ような仕事によって「学ばせる」ことができる大学は,今,どのくらいあるのでしょうか。
当たり前の話ですが,だれでも大学に入れるようになると,「垂れ流し」では理解できない学生,講義の内容に興味・関心が持てない学生が増えるわけで,「授業が成立しない」状況が生まれ,
大学の教員向けの「授業の仕方」という本が売れるようになる。
こういう状況のもとで「授業」を受けてきた大学生が,少しでもまともだったはずの義務教育の「授業」を忘れてしまう・・・・「退化」してしまう・・・・ことは,本当にもったいないことです。
「だれでも入れるわけではない」大学の学生から話を聞いても,
中学校の「総合的な学習の時間」とか,「研究会」に毛が生えたような内容しか学ばせてもらえていない学生もいて,本当に気の毒だと思います。
教育実習は,大学4年生のときではなくて,大学1年生の5月に始めた方がまだましであるような気もしています。
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