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中学生が小学生から学んだこと

 先日,中学生を連れて小学校におじゃましたという話をしましたが,

 中学生は,小学生たちから何を学ぶことができたか。

 発表が,とてもしやすかった。

 その一番大きな理由は,
 
 小学生が

 「目で聴いてくれた

 「相槌を打ったり,話しかけてきたりと,とても反応がよかった」

 ことと考えているようでした。

 小学校に訪問する前にお送りした「自己紹介カード」もよく読んでいてくれたそうで,初対面のときに小学生の方から名前を呼んでくれた,という生徒もいました。

 とてもスムーズに発表や意見交換等が進んだのは,小学校の先生方の受け入れ態勢がとても十分になされていたこと,普段の子どもたちの「聞く姿勢」がしっかり指導されていたことなどが理由として挙げられます。

 こういう問題に気づいた中学生もいました。

 「分からないけど,とりあえずうなずいてしまう,という子もいる

 なぜこういうことに気づけたかというと,やはり「あやしい」と思ったのでしょうね。

 「分かっていれば答えられる質問」を,うなずいている子どもに個別にしてみたそうです。

 そうしたら,答えられなかった。

 話し合いをしているように発表することができた,と喜んでいる一方で,

 「プレゼンをして,相手に本当に理解させる,ということ,理解させることができたということに気づくのは,難しいことなのだ

 と自覚できたことには,意味がありました。

 遠い距離を隔てた「小中の交流」ですが,また何年かおきに,実践できるとよいです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より