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嫌われることを恐れない教師が何%いるか?

 あるサイトを通して本や雑誌を購入している人が,その履歴から「どのような人か」が分かってしまう時代になるのはこわいことですね。

 私も,そんな恐怖心からか,いくつかの場所で分けて購入しています。

 雑誌は,購読者でなければ,そのときの特集のタイトルにつられて買ってしまう,そんなものだと思いますが,だからこそ,買うのに躊躇するような雑誌(のタイトル)というのもありますよね・・・。

 しかし,わざわざ「職場の(人間の)チェック」をするために,こんな雑誌を読むことをすすめる人がいるのです。

 びっくりしました。教育に情熱をかける教師への具体的なアドバイスが,これではないですよね。

 そういう人間がいたら,こういう項目に当てはまる,やっぱり人から嫌われる人間なんだな・・・・などと納得して雑誌を買った人間が気を晴らすのではなくて,本人に直に指摘してあげて,「改善すべきことは改善させてあげる」のが「教育的」なのでしょう。

 本人が自覚されていることがらは,いくつあるのでしょうか。

 話は変わります。

 教育に情熱をかける教師は,

 「嫌われる」ことを恐れて指導を躊躇することはありません。

 「好かれる」ために周囲に迎合して指導をゆがませることもしない。

>人に好かれようとばかり考えて動くのも、どうかと思うが

 と書かれているということは,人は基本的に好かれようと考えて動く,という人間観なのですね。

 教師は,こんな考えは捨てた方がよいです。

 小学校の教師が「好き」「嫌い」にこだわることの問題点は,かつてふれました。

 教育の仕事は,「好かれる」ことを考えてするものではありません。

 ときには,問題行動を起こす人間,不適切な言葉の使い方をする人間を,強い姿勢で非難しなければならない。

 こういうときには,「これを言ったら嫌われそうだな」などとは考えない。

 小学校には,受け持ちの子どもたちに「嫌われる」ことを恐れない教師が,何%くらいいるでしょうか?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より