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やっていい失敗とやってはいけない失敗がある

 小さい時も,親から,先生から,よく耳にした言葉です。

 積極的に行動して,失敗するのは,次につながる。

 チャレンジして,失敗することで,くよくよしていてはいけない。

 消極的に行動して,あるいは,行動をおこさないで,よくない結果を招くような失敗は,何にも結び付かない。

 私が「教育失敗学」という言葉を使い始めたとき,ある人は,

 「教育に失敗は許されるのか?

 と私に問いました。

 そのとき何と答えたか忘れてしまいましたが,

 今なら,

 「教育は失敗の連続です。そういう意識が,よりよい教育を生み出します」

 「教育の成功体験も大切ですが,その次の段階として,同じことを繰り返せば必ず成功するとは限らない人間の教育のあり方を見つめ直して,常に厳しい目で自らの実践を振り返ることが重要です」

 「失敗を恐れる教師は,結局,何もできず,『例年通りで』『今まで通りで』しか言えない。こういう人に,未来をきりひらいていこうとする意欲をもつ子どもを育てることが可能でしょうか」

 「新しいことに取り組むとき,必ず反対する人がいます。そういう人は,失敗を極度に恐れているのです。そういう姿勢では,現状の問題すら解決することはできないでしょう」

 「失敗を認めるのが本当の『ゆとり』であり,そこから本当の成功への希望が見いだせます」

 などと返事ができるのでしょうが。

 本田宗一郎のような,製造業の人の言葉を,

 「教育の世界とは違う」と切って捨てることはできません。

 教師の中にも,小さな「失敗」への後悔で頭の中がいっぱいになってしまって,前に進めなくなる人がいます。

 子どもと同じです。

 教師教育という分野が,もう少し,脚光を浴びてもよいのかもしれません。

 これは,以前も申し上げましたが,大学による「アフターサービス」のような機能も含めて,「教師はだれがどのように育てていくのか」を真面目に議論すべきときに来ているようです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より