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教師は,校長への忠誠心ではなく,子どもへの教育愛で動く

 本文に何も言葉を必要としないようなタイトルになってしまいました。

 dolceさんのような教師がいると,校長は本当に気の毒です。

 「私はあなたに忠誠心を覚えない。だから,・・・・・

 「仕事をしない教員が悪いんじゃない。教員に,忠誠心を抱かせない校長が悪い。」

 「子どものために,働きたい」というのが教師としての「やりがい」ではなく,

 「校長のために,働きたい」という忠誠心が,教師の力の源になっているとしたら,指導力不足教員の責任はすべて校長が負うことになりますね。

 体調を崩してしまった先生は,とても気の毒です。

 子どもの前に立てなくなってしまうのですから。

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コメント

dolceさんは「忠」の意味をご存じなのでしょうか。
教育の世界の人は,
「忠誠心」という言葉は危なくて使えないものの代表格でしょう。

縦の関係ばかりにしか注目しないということでは、何も見えていないのと同じです。
要するに上と下の関係だけ。忠誠心なんて必要だとは全く思わないです。
必要なのは、思いやりではないかと言うことでしょう。

組織として縦の関係は存在するのは間違いありませんが、それだけが重要だとは考えにくいです。
ヒラメという縦の関係を表す言葉が良くマッチしているようです。ただヒラメならイエスマンと大差ないかもしれないですが、コミュニケーションをしない、するつもりなど無いとなってしまうその原因は内的要因にあると考えられ、説得しても無理、もし校長が職務命令を出したとしても(公務員として当然の内容だとして)内的要因に気づかないで忠誠心を抱かせない校長や日本国だという論理にすり替わってゆくでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より