ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 人権感覚がよみがえるかどうかが第二関門 | トップページ | dolceさんに不足している追究力 »

dolceさんを喜ばせるための情報×2

 以前にも書いた記憶がありますが,振り返って自分の文章を読む時間がないので,あらためて古い情報を一つと,新しい情報を一つ,書きます。

 まずは,新しいこと。

 dolceさんによってもたらされた,

>中学校で、音楽の教科書の他にリコーダーの本の別冊があって、子どもが自主的に練習して行って、他校の子どもたちよりずいぶん進んでしまうというので、音楽の先生が、しばしば待たせるということを話していただいたことです。

>私の教えた子どもたちは、全員、音楽の教科書とは別の、リコーダーの練習書を終えてしまったので「ふつうではない」かも知れません。

 という情報から,こういう言葉をお贈りします。

 この中学校の音楽教師が,

 「dolce先生というすばらしい先生に音楽を教わった人たちは,しばらく待っていてください。

 と指示したとするなら,半分はOKです。

 小学校によって教育の質が異なっており,出身小学校による格差が生まれていることに子どもが不安を持たずにすむように配慮するとしたら,特定の教師の名を挙げるのが適策です。

 あとの半分は,「待っている」という無駄な時間の過ごし方を授業中にさせないような配慮が,中学校の教師にはほしかったということ。

 ですから,本来は,小学校名や,教師の名などは出す必要はなく

 「作業が終わった人は・・・・」と言えばよい。

 dolceさんには,「自分の教えた子ども以外のすべての子どもは,作業が遅い」と言い切れる自信があるのか,ないのか。

 仮に,中学校の教師から,その通りだ,ということが伝えられているのなら,

 「そういう言い方をしたら,他の小学校出身の子どもは嫌な顔をしませんでしたか」と聞くべきところ。

>音楽の先生が、しばしば待たせる

 ということは,dolceさんの教え子たちは,授業中にしばしば「待たされる」経験をし,そうでない子どもたちは,「待っている生徒」を横目に,作業を進めていた,ということですね。まさか,その都度,「●●小学校出身の人は待っていてください」などとは言わないでしょうね。


 古い情報とは,これは私の予想ですが,

 上に紹介されていた話は,

 dolceさんを喜ばせるために中学校の教師がした話=実際に,dolceさんが喜んでいるようすが,文章からありありと感じられる・・・で,実際にはそのような「言葉かけ」はなかった・・・・のでは?

 中学校の教師である私の感覚・感性は,そう告げています。

 本当に中学校教師がその通りに言ったかどうかを,dolceさんが確かめたとは考えにくいので・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へ

« 人権感覚がよみがえるかどうかが第二関門 | トップページ | dolceさんに不足している追究力 »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: dolceさんを喜ばせるための情報×2:

« 人権感覚がよみがえるかどうかが第二関門 | トップページ | dolceさんに不足している追究力 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より