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「善」が「善」であるための条件

 忠誠心という「善」が,本物の「善」であるためには,

 忠誠を誓う相手が「善」である必要があります。

 しかし,歴史を振り返ってみれば明らかなように,

 この忠誠心がかえって「諸悪を拡大する」結果になることがあります。

 日本の近世史や近代史を見れば明らかでしょう。

 教育の本質を見失い,docleさんのように「上司に従う」ことを最優先している人間ばかりでは,

 常態化していた「自習」を防ぐ方法はなかったことでしょう。

 長野県は,まだ「教育県」とよべる素地があったということですね。

 それにしても,「習慣」というのは,こわいものです。

 「昔から,やってきたでしょう

 これが言い訳になっていないことに全く気づけない人間をつくりだす学校という職場は,やはり世間とは異なる非常識空間なのです。

 教育を停滞させる特殊な空間は,本当に言葉が通じない人を生み出します。
 
 「自習」を減らす努力をする・・・・当たり前と言えば当たり前ですが,それを公言できたのはよいことです。
 
 「上司(教育長)に従う」ことだけを重視し,顔色をうかがっている校長などに,子どもの未来を託す気はありません。

 「善」が「善」を生むサイクルを教育の世界では築いていきたいものです。

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コメント

二重の「守り」の一つ目は,真実を隠すための障壁。

もう一つが,障壁を守るための障壁。

これもミラー(ここでは三面鏡)現象の特徴です。

少しページが多いのですが

脳は出会いで育つ [単行本]
小泉 英明 (著)

脳からみた学習 -新しい学習科学の誕生 [単行本]
OECD教育研究革新センター (著), OECD (著), 経済協力開発機構 (著), 小泉 英明 (監修), 小山 麻紀 (翻訳), 徳永 優子 (翻訳)

という二冊の本を購入し読み始めようかなというところです。

dolceさんに説得型のセッションを試みても難しいと思いますよ。
難しいのは心理的障壁を形成してしまう癖があるということではないかなと思います。
その障壁を実感されていると思います。

そういう人を見捨てないでどうしたらその心理障壁をなくせるのか、どうしてそういう障壁を築くのか、そういう障壁を築いて生き延びてきた経緯があるということは想像ですが、十分可能性があります。

障壁を解いても大丈夫だという潜在意識をどこかで作ってあげるという方法が考えられますが、多分ネット上でそれは難しいでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より