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教師が「指導力がない」とよばれるとき

 たとえば,ある学校に赴任した教師が,吹奏楽部の顧問になったとき,歴代の顧問の時代はすべてコンクールで金賞をとったのに,自分のときだけ,金賞はおろか,何もとれなかった。そして,自分の次からの顧問は,またみんなコンクールで金賞をとった。

 こういうとき,賞を逃した顧問が,「指導力のない教師」というレッテルが貼られやすいのは,よくわかりますね。

 やはり,弁解もしたくなるでしょう。

 生徒や審査員に,批判の矛先が向かうのも当然のことかもしれません。

 自分の「指導力のなさ」に自覚がない場合は

 ただ,私が述べている「指導力のなさ」は,こういうレベルの話とは限りません

 指導力のある・なしは,簡単に言えば,学習指導要領が示す目標を,子どもがどれだけ実現できているか,その状況から判断されるもの,ということができます。

 小学校で同程度の能力がある複数のクラスでは,どうしても指導力の差が見えやすくなってしまいますね。

 同程度の能力があるクラスで,一方が平均点60点,もう一方が80点なら,何か課題があるはずです。

 そして,学級崩壊を起こされたら,もうたいへんです。

 こういう状況で,「指導力がない」とよばれるのは,「相対評価」によるものから,「絶対評価」と言えるものまで,さまざまですね。

 私の場合は,もう少し高度な指導力のレベルを目指していますから,「逆コンピテンシー」という形で紹介しているのです。

 これは「絶対評価」です。

 導入・発問・具体的な学習活動(話し合い活動など)・板書・まとめ・教材・テスト・生徒による振り返り・・・などなど,学習指導だけをとっても,かなり多くの観点があります。

 学習指導の力は,たいてい,教材の使い方と,テスト問題で判断できます。

 目標の立て方を変えるだけで,「指導力がある」レベルもかなり変わってきます。

 「関心をより高める」という目標を設定したら,もし現実として関心が高まっていなかったら,「指導力がない」という結果になるわけですね。

 「指導力がある」「指導力がない

 というとらえ方には,「絶対的なものはない」ということです。

 そんな中で,どんな人からもわかりやすいのは,

 「子どもの声が届かない

 「授業がわからない

 などという評判が立つような,教師の「指導力」です。

 「私は,まだ十分な指導力を身につけていない

 教師本人からは,そういう正直で誠実な声を発してもらいたいものです。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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