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dolceさんの新発言に感動!

 今回の一連の記事は,無駄ではなかったことがわかりました。

 不正は不正であることは,否定のしようがありません。

 ブラックジャックも,何人の命を救っても,警察につかまれば,それで終わり。

 不正がいけないことは,子どもに教えるまでもありません。

 「知っている」のです。

 しかし,子どもも「知っている」大事なことは,「この先生では困るなあという人がいる」ということです。

>教員採用試験に合格したのに、感心しない先生がいることは知っています

 この一言がdolceさんから表現されたことで,もう私としては満足です。

 本人が「当たり前だ」と思っていても,「当たり前だと思うが」と本人がことわった上で言葉にしてくれないと,信じてはいけませんよね。だから,とてもよかったことです。

 ここが出発点なのですからね。

 そうなれば,よりよい人物の採用の形を考えよう,という気になってくれる可能性が出てくるわけですから。

 docleさんの方からみれば,

 私が非合法のことをすすめているような表現をしたことが,うれしくて仕方がなかった。

 私がもし,

 よい人材を紹介してくれるコネをもつ教育委員会があったら,大助かりでしょう,なんてことを書けば,さらに有頂天になるでしょうね。

 こいつは,不正行為を認める「頭のおかしい」やつだ!なんて。

 わざわざたくさんの時間を費やし,だれでもわかっていることを手間をかけて記事にしてくれたのです。

 コネ採用ができないことは,だれに聞くまでもありません

 そして,だれに聞くまでもなく,コネ採用が全く行われていない,と断言することも,できません

 ですから,それがわかっている人,「世間知らず」ではない人には,

 「指導力のない教師より,コネで採用された指導力のある教師の方がまし

 という言葉の意味がわかるのです。

 一方のdolceさんは,やりたいことをなしとげて,存分に満足されたことでしょう。

 喜色に満ちた文章は,dolceさんらしさにあふれていますね。

****************
 
 余談ですが,かりにDという学生を育てていた人物が教員採用担当者と旧知の仲で,Dには何のことわりもなく,便宜をはかってくれるようにその採用担当者に頼んでいた。そのおかげで,Dは教員に採用され,30年以上,つとめることができた。高度な指導力を発揮し,多くの教師の力量も向上させ,子どもたちからも信頼され,尊敬されてきた。しかし,退職間際になって,自分が採用されるにいたった経緯を知った。自分と,採用担当者以外,知りません。

 さて,このとき,D先生は,どうすべきですか。

 dolceさんなら,こういう場合,やはり,自ら職を辞すことにするのでしょうね。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より