保護者を「色分け」して考える教師
小学校の教師というのは,「学級」という「王国」単位でものを見るのが定着しているせいか,
子どもたちの親をひとまとめにして,
「今年の」保護者がどうとか,
「去年と比べて」どうとかが気になるようですね。
教育というのは,
「学級」という単位ではなく,「子ども」一人一人に目を向けて仕事をすることが,最大の「攻略法」のはずです。
そもそも,親が
教育に熱心か,熱心でないか
は,何を根拠に決めているのでしょうか。
経済的に裕福か,そうでないかの
線引きは,何をもってするのでしょうか。それに何の意味があるのでしょうか。
小学校の学級担任というのは,
年ごとのこうした「保護者のカラー」で「攻略法」を変えているのでしょうか。
「カラーに合わせた柔軟な学級経営」とうのは,
学級だよりを頻繁に出す出さないという変化のことを言っているのでしょうか。
根本的なところがずれています。
こういうボタンの掛け違えのような現象が,どうして起こるのかが私の関心の対象です。
王国の中心にいる小学校教師は,保護者に依頼しているアンケートが,自分に対する「評価」だと勘違いしていますね。
そもそも「評価規準」が定まっていないアンケートに,「日頃のお礼」「お世辞」以外の何が書けるというのでしょう?
以前も記事にしていますが,日本のように「本音と建て前」を分けなければ生きていけない世の中では,アンケートに書かれたことなど意味はないのです。
相手が機嫌よく仕事がしれくれさえすれば,それでよいのです。
国旗をきちんと掲揚せずに,掲揚したことにして,何ともない顔をしていられる人間がいる国なのです。
正直に書いてはいけない,というのが「暗黙の了解」なのです。
こうした小学校の教師には,「上手な担任」という言葉を使う神経があるのですね。
こういう「裏の事情」は,公開しないのが日本の「しきたり」だったのでは?
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