ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教育の質を落とし続けている「質の低い競争」 | トップページ | 教師であることをやめるタイミング »

教員をやめたくなったとき,だれに相談しますか?

 もし,教員採用試験の面接で,

 あなたが教員をやめたくなったとき,だれにそのことを相談しますか?

 と問われたら,何と答えますか?

 また,ここで,どのような答えをする人を採用するべきで,

 どういう答えをする人は,採用すべきではないと考えますか?

 望ましい答えとしては,

 「管理職です」・・・・?

 もちろん,NOです。

 こういう人は,「公務員向き」です。

 「教育公務員向き」ではありません。

 なぜ?

 それは,「管理職の仕事を知らない人間の答えだから」です。

 もう少し正確に言えば,「人間を知らない人間の答えだから」です。

 では,望ましい答えは?

 「私が教師を志すきっかけをつくってくれた人です

 ・・・それは,中学校時代の担任かもしれないし,教育実習のときにしごいてくれた先生かもしれないし,まずそういう事例はないでしょうが,大学の先生かもしれない。
 
 「それはどなたですか?」

 と深くつっこんできたときに,面接官に,

 「ああ,この人は簡単に教員をやめようなんて思わないタイプだな

 と思わせる応答ができるはずです。

 面接には「誘導尋問的」な質問はありますが,

 面接を受ける側が面接官を「誘導する回答」というのは,相手も想定しにくいでしょうね。

 間違っても面接では,

 「その学校で一番信頼できそうな先生に相談します」という「本当のこと」「正しいこと」を言ってはいけません。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 経営ブログ 仕事術へ

« 教育の質を落とし続けている「質の低い競争」 | トップページ | 教師であることをやめるタイミング »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教員をやめたくなったとき,だれに相談しますか?:

« 教育の質を落とし続けている「質の低い競争」 | トップページ | 教師であることをやめるタイミング »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より