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パワハラ(で訴えられないための)対策としての常套文句

 コメントへの回答が前後して申し訳ありませんが,ある発表会の全国大会に参加していて,ちょうどその反省会で同じような愚痴を聞いてきたばかりなので,こちらでご紹介させていただきます。

 本物でいらっしゃるかどうか,私の方で確かめようはないですが,「都立教員」さんからのコメントです。

 太字は私の方でつけさせていただきました。

*******************************

職員会議前の校長と主任の会議を企画調整会議といいますが、
はっきり言うと、ほとんど機能していません
。校長が人事評価を
するようになってから、校長に意見をする教員が全くいなくなって
しまいました
。企画会議で意見を言うと、長引くから他の主任から
白い目で見られます。結果として、職員会議の議題はこんな感じです
という意味のない会議
です。

校長も2~3年で異動ですから、現場の教員に任せっきりで、自分自身
で学校の方針を言い、その結果に責任を持つ人なんていません。
生徒の要望や学力さえ分からないまま退職される校長もいることを
知ってください。

校長を含む都立高校の管理職は、授業や子供相手が嫌いな人が多く、
はっきり言って2流教師であることが多いのは事実
です。挨拶もできない
人も少なくありません。

自分の出世を第一に考え、教育委員会に向き合って、現場と向き合わない
人が多いことが問題ですね。

自分の人権しか考えない日教組も問題ですが、こういう校長もより大きな問題
です。

>>生徒や親に気に入られる教員レベルで精一杯だったということで,
>>管理職失格だったというのが私の解釈です。

教育委員会に気に入られ、自分の出世だけを考えている多くの校長よりは
はるかにましですよ。

******************************
 
 組合員よりも管理職の方が学校の癌になってしまった。

 そしておおもとの癌は,教育委員会の方から転移している。

 そういう趣旨の愚痴は2時間にわたりました。

 パワハラは,教育委員会→校長→副校長→主幹

 の順におりてきていますね。

 もし校長が,「これは校長の立場として,主幹に言っているんだからな

 と前置きをして,ひどいことを言っている校長は,「パワハラ(で訴えられないための)対策」をとりつつ「パワハラ」をする人ですから,要注意です。
 
 私の場合は,「実際に教育するのは自分だから,とにかくだれも文句が言えないような仕事をするのみ」というスタンスで,管理職から実害を受けたことはないのですが,

 心配なのは,「管理職のせい」「教育委員会のせい」にすることで,「自分のいたらなさ」をカモフラージュしようとしていないか,と常に自らに問う姿勢を失ってはいないか,ということです。

 「都立教員」さんのコメントは,「退職教諭」さんと似ているのですが,

 私の質問は,「あなたは何をしましたか」ということに尽きます。

 「都立教員」さんのコメントのような事情は,どこでも「あり得ること」です。

 では,そういうとき,一教員はどうすればいいのか。

 「何もできない」とあきらめるしかないのか,と自問してほしい,ということです。

 管理職がいかに教育的指導力に欠いている人・・・・・たとえば主任や主幹を大声で罵倒してしまうとか・・・・であっても,それが直接的に子どもへの被害になることは少ないでしょう。

 どうしても,理想の管理職に近づいてほしいときは,

 管理職が現場に向き合い,取り組むべきことはこれですよ。

 という発言を,ぜひしてください。

 このコメント欄でもけっこうですよ。

 そういう声が,心ある人に届いたとき,教育を変えることに協力してくれるかもしれません。

 でもこう申し上げては恐縮ですが,

 現場の教育を支えるのは,校長ではありません。

 生徒と直接向き合っている教師です。

 むしろ,校長が生徒の前にのこのこ暇そうに出てきてもらうのはやめてもらって,出張に励んでくれる方が,やりやすくないですか。

 そういう学校の方が,高い教育水準を維持できる,という実例を出してほしいです・・・というか,実際にそういう学校がいい学校ではないでしょうか。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より