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教育の質を落とし続けている「質の低い競争」

 企業人は当たり前すぎて何の反応もされないかもしれませんが,「競争社会」=「悪」ととらえないと気がすまない人がいます。

 これは,「質の低い競争」がどうしても目についてきてしまうからでしょうね。

 しかし,「質の高い競争」には,だれも何の文句も言えないはずです。

 そのおかげで,今のこの社会があると思えば。

 「質の低い競争」を防ぐ手立てはないのでしょうか。


 学力調査で平均点を上げるために,答えを教える学校。

 これはただの不正行為ですが,「競争させるからそんなことになるんだ」と言って,不正行為をした人間より,「競争させた」側を悪く言う程度の低さが教育現場の問題でもあります。


 私が今日,ここで取り上げたいのは,教育現場の競争ではなくて,

 教育関係の本を出す,出版業界の姿勢の話です。


 前後の見境なくといった感じて,とんでもない軽いタイトルの本を平気で出す出版社の本は,個人的には,必要のない限り,絶対に買いたくありません。

 たとえば,

 「子どもを動かす魔法の・・・・」とか,

 「これで・・・が劇的に変わる」とか,

 「だれでもできる・・・」とか,

 「すぐにできる・・・」とか。


 もちろん,出版社の言い分もわかります。

 「本が売れるかどうかは,タイトル次第である

 「字が少ない方が売れる

 「絵がたくさんある方が売れる

 しかし・・・・・こういう出版社の姿勢=編集方針が,教師のレベルをどんどん下げていくのだ,と主張したいのは私だけでしょうか。

 出版社は,こういう本を買う教師のレベルを重々承知しているのですね。

 ある編集者は,「本を読むだけまだまし」「教育書を手にとってくれるだけで御の字」と言っていました。

 「読むか読まないかはハテナです」「ベストセラーの中にも,中身がほとんど読まれていないのでは,と思われる本もある」と続けていました。

 中学生向けの問題集で,よく売れている本をご存知ですか。

 学研の「中学○○をひとつひとつわかりやすく。」シリーズと,

 文英堂の「やさしくわかりやすい○○」シリーズ。

 社会科でいうと,学研の方がマンガ入りで「わかりやすそう」なつくりになっています。

 学研の帯についているキャッチコピーは恐ろしくて,

 中学生向けの本なのに,「高校生~大人の復習・苦手克服にも!」と書かれています。

 ややレベルの高いのは,文英堂の方。

 文英堂の方は,「基礎の基礎からはじめる!」というコピーがついています。

 ある程度の勉強をしている教員の世界から言うと,「基礎の基礎」というのは,けっこう「難しいこと」をさすのですが,おそらくこの「基礎の基礎」というコピーには,何の意味もない。

 中身をみると,それだけのために出された本のパクリもしている。

 こういう本を買って,みっちり学んでくれれば,それはそれで,テスト前に必要なことを,ある程度は記憶できると思います。

 ただ,教科書の穴埋め問題と同じレベルですから,短期間の記憶には向きますが長期になるとどうでしょう。

 活用できる知識が身に付くようなつくりにはなっていないからです。

 やはり,ある一定の分量の本を読み,自らポイントを整理したり相互関係を考えたり,思考をはたらかせたりする場面があって「学力」はつくのであって,これだけの「薄さ」の本では・・・・と思いきや・・・

 「薄ければ薄いほどいい

 といった編集方針がありありと感じられます。

 売れない本ばかり出していては,会社が傾く。

 よい本でも売れない本では,意味がない。

 こういう環境を変えるためには,あるいは,もっともっと,教師が教え方を下手くそにしなければならないのでしょうか・・・?

 私の電子書籍の概念が,あるサイトで紹介されたものを見てすっかり変わりました。

 今までは,ただ文字が画面の上で変わるだけのイメージでしたが,やはり動画もあり,音声もあり,とくれば,「書籍」という「古臭いイメージ」がともなう呼び名が変わるだけで,その需要は爆発的に増えていくでしょう。

 タブレット端末がインドのように2000円まで下がらなくても,1万円程度になるだけで,教育現場にも登場するものと私は考えています。

 それでも,紙ベースで,自分の手で文字を書き,自分の手で紙をめくり,色ペンで印をつけ・・・・なんて作業は絶対に大切ですね。

 ですから,電子書籍,タブレット端末が一般化しても,紙ベースの本やノートは絶対に欠かせない。

 そういう時代の本づくりを出版業界の方々には真剣に考えてもらいたいと切に願います。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より