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「人形」にすぎない小学生たち

 中学校では,毎日の生活班の様々な活動や行事の活動,部活動などで,いくらでも「学び合い」の場面は生まれてきます。学習場面で「話し合い活動のための話し合い活動」をするよりも,こういう場面での「話し合い」の方が,よほど充実したことができます。
 
 小学校では,運動会や学芸会の準備など,全部,先生たちがやってしまいますね。

 もし本当に子どもに「力をつけさせたい」のであれば,

 この企画や準備を,児童にやらせればいいのです。

 しっかり「話し合わせて」。

 そういう話を聞くと,「そんなばかな」「それは無理だ」という小学校教師は多いでしょう。

 中学校側から見ると,教師がすべてお膳立てした場所で動く子どもは,「人形」にすぎないのです。

 とても鍛えられた立派な演劇から,子どもたちがみんな

 「教師が操っている人形に見えてしまう

 という感想を抱くのは,私だけではないと思います。

 合唱や合奏でも,なぜ,教師が指揮をしてしまうのか

 そういう疑問が生まれないのだとしたら,それ自体が,小学校に限らず,中学校でも言えることですが,「言っていることとやっていることが違う」教育の姿なのです。

 小学校の教師は,「見た目」「仕上がり」にこだわりますよね。

 私が参観したことがある運動会や学芸会には,「失敗作」はありませんでした。

 みんな「完成されたもの」でした。

 でも,大事なのは,「見た目」とか「でき上がり」ではなく,「プロセス」なんですよね。

 ここは,否定されにくいと思います。

 でも,その「プロセス」が,いかに「見た目」と「でき上がり」を意識したものであるかは,自覚されにくいでしょう。

 「見た目」「でき上がり」のために,教師はものすごい力を注ぎこんで,子どもを教えますが,ここに,本来,子ども自身が「学びとっていけた」はずのことを,教師が「教え込んで」しまってはいませんでしたか

 子どもが「学び合い」のなかで挫折したり,失敗したりしながら,本当の意味で「学びとっていけた」はずのところを,

 「こうすればうまくいく

 「これがうまくできるコツだ

 なんてあらかじめ教えてしまって,すんなり「できる」ようにしませんでしたか?

 子どもの「自ら学ぶ力」を最も強力に奪ってきたのはだれか,ぜひとも自問自答していただければと思います。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より