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指導要録に関する無知 ~公務員としての資質に課題~

 教員という職業についたことがある人間の中には,(現職時代も含めて)自分が恥をかいているのに気づかない(気づけない)人がいるのが不思議です。でも,そういうことに気づけないことが,教員をやってこられた(やっている)最大の理由なのかもしれません。

 批判してきた相手の頭がおかしい,と自分に言い聞かせればそれですむのですから,心を病む心配はありません。

 指導要録の記載については,文科省が留意事項などを各教育委員会に指導しており,校長が仕事をさぼっていなければ,以下のようなことを理解した上で,教師たちは生徒一人一人の記録を残してあります。

 ですから,どこかの学校では

 私がある子どもを「積極的で良い」と書いても、別の人は「素直でない」と書くかも知れません

 などといういい加減な教師がいるかもしれませんが,普通は以下の原則に沿って記してくれます。

 太字は私が示しました。

*****************************

〔総合所見及び指導上参考となる諸事項〕

 生徒の成長の状況を総合的にとらえるため,以下のような事項などを記入する。

1.各教科や総合的な学習の時間の学習に関する所見
2.特別活動に関する事実及び所見
3.行動に関する所見
4.進路指導に関する事項
5.生徒の特徴・特技,学校内外における奉仕活動,表彰を受けた行為や活動,知能,学力等について標準化された検査の結果など指導上参考となる諸事項
6.生徒の成長の状況にかかわる総合的な所見

 記入に際しては,生徒の優れている点や長所,進歩の状況などを取り上げることが基本となるよう留意することが望まれる。ただし,生徒の努力を要する点などについても,その後の指導において特に配慮を要するものがあれば記入する
 また,学級・学年など集団の中での相対的な位置付けに関する情報も,必要に応じ,記入する。

*****************************

 評価は,指導の改善に役立てるという発想が必要なのです。

 ただ,目標管理の概念がない人は,そこが全く理解されていない。

 個人の感性だけで何となく評価するものではないのです。

 いい加減な教師が多いと,どんな評価をしているか,子どもや親から不信の目を向けられるから,指導要録の開示請求が行われ,それを拒否せざるを得ないケースに陥ることがあるのです。

 ですから,以下のような注意も徹底されているはずなのです。下線は私が引きました。

*****************************

○ 児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について(平成12年12月4日教育課程審議会答申)

7 指導要録の開示の取扱い
(1)今日,個人情報に対する国民の関心の高まりなどを背景として,個人情報を保護するための条例等を制定する地方公共団体が増えてきている。また,国においては,個人情報保護基本法制に関する大綱が取りまとめられ,個人情報の本人への開示について,業務の適正な実施に支障を及ぼすおそれがあるとき等を除き開示することとされている。また,地方公共団体については,基本法制の趣旨にのっとり,必要な施策の策定・実施に努めることとされている。
 指導要録の本人への開示についても,このような個人情報保護基本法制の基本的な考え方に基づいて,対応する必要がある
(2)指導要録は,指導のための資料でもあることから,これを本人に開示するに当たっては,個々の記載内容,特に文章で記述する部分などについては,事案によっては,それを開示した場合,評価の公正や客観性の確保,本人に対する教育上の影響の面で問題が生ずることなども考えられる。既に制定されている地方公共団体の個人情報保護条例においても,個人の評価等に関する情報については,事務の適正な執行に支障を生ずるおそれがある場合,開示しないことができる旨の規定が置かれているのが一般的であり,具体的な開示の取扱いについては,その様式や記載事項等を決定する権限を有する教育委員会等において,条例等に基づき,それぞれの事案等に応じ判断することが適当である。
(3) なお,これからの評価においては,教員が評価の専門的力量を更に高め,根拠が明確で説明のできる評価をしていくことや,日ごろから,評価の内容について保護者や児童生徒に十分説明し,共通理解を図りながら指導に生かしていくことが一層大切であると考えられる。

*****************************

 以上のことをしっかり理解している教師は,「素直でない」という記述はしないのが当たり前なのです。

 また,「積極的でよい」などという漠然とした言葉を「総合所見」で書いても,何の意味もないことはだれの目にも明らかです。

教師が目標管理を知らない学校,組織的に動けない教師だらけの学校,個人個人の好き嫌いで子どもに接するような学校では,

 「人によって評価が違うのは当たり前」です。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より