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「忙しそうな教師」になってはいけない

 教職を希望する若い人,民間等に勤めている人にとって,

 「忙しい教師」はうらやましいですか?

 「何で忙しいかによる」ですって?

 教育ブログ『公立学校の現状』のコメント欄に寄せられてきている「忙しさ」で,その教師の特徴がわかります。

 私の経験から言って,

 仕事ができる人は,「忙しい」という言葉を使うこともないし,そう感じることもありません

 さらに仕事ができる人は,人に「忙しそう」と思われることもありません

 人間は仕事に集中しているときは,「忙しさ」を感じないのです。

 しかし,人に「忙しそう」と思われてしまうと,「今,言わない方がいいか」と判断されて,重要な情報が届かなくなってしまうことがあるのです。前の記事とも関連があります。

 ものごとには,優先順位というのがあります。

 同じ優先順位なら,時系列ですましますが,優先順位が高い情報が後から入った場合,今,対応しているものは,いったん,保留になります。

 こうやって二重三重の課題に対応している姿を,人は「忙しそう」と思うかもしれません。

 しかし,やっている本人は,やるべきことを,やるべきときにやっているだけなのです。

 こういう「忙しい教師」と評価されてしまう人がいる一方で,そうでもない教師は,いくらでもいますよ。

 そうでもない教師というのは,「忙しいわけでもないのにいつも忙しいと言っている人」のことです。言っている間に,できる仕事はいくらでもあるのに。

 「忙しい」と言葉にすることのメリットは,自分に仕事が来なくなることです。楽ができます。

 「忙しいと感じる暇」のある人は,決して忙しくはありません。

 「忙しいわけでもないのに忙しいと言っている人」の特徴は,仕事をする能率が悪い,段取りが悪い,能力が低い,優先順位がわかっていない,ただそれだけのことです。

 また,組織としての仕事ができない。それも致命傷になりますね。


 「忙しい芸能人」と「暇な芸能人」はどっちがうらやましいですか?

 ちょっと意地悪な質問をすると,時給が同じなら,

 「忙しいお店」と「客が来ないお店」では,どちらで働きたいですか?

 前者で働きたいと思えるような人に,教職についてほしいです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より