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孤独と孤立に耐えられない校長

 学校の規模が公立高校のように大きくなると,校長の振るまい方はそう簡単ではなくなります。

 大企業の社長ほどではないにしろ,教員から校長までの距離は小中学校に比べると格段に遠くなるのでしょう。それだけ,校長がどのように教員を生かせるか,が勝負となります。

 私がこの目で見た都立高校の校長の一人は,講師を招いての講演会の途中,床に寝そべっている生徒を一人ずつ立たせていました。教員は大勢いましたが,何もしていませんでした。

 このような行為は,当時は「なかなかできないことだ」と好感を抱いていましたが,今は「やるべきではなかった」というのが正直なところです。

 「うちの教員は信用していない。頼りにならない。」というメッセージを生徒に伝えることになってしまっているからです。

 校長の仕事とは何か。

 校長が育てなければならないのはだれか。

 確かに,毎朝,校門に立って生徒の名前を呼び,声をかける,そういう校長はすばらしいと思われるでしょうが,これによって「朝の打ち合わせ」という簡単な会議には支障が生まれます。

 まさか,朝,「言うことを聞いてくれない主任たち」や「ものわかりの悪い副校長」と顔を合わせるのが嫌だから,校門に立つ,という人はいないでしょうが,この朝の時間というのは,組織にとっては非常に大事な時間なのです。

 学校内で孤立傾向が強い人が,校門に立っている,という明確なデータはないでしょうが,「大人から離れていたくなる心理」はご理解いただけるでしょうね。

 リーダーは多くの場合,孤独であって,孤立を免れない場面もあります。

 リーダーとしての優先順位をどこにおくかは,難しい問題かもしれませんが,孤独から避けたい,というのが自分の行動原理であってはいけません。

 ほとんどの教員たちが「生徒思い」と見られず,溝が深くなってしまっている学校にとっては,もしかしたら校長と生徒の接点が必要な場面があるかもしれません。

 ただ,校長と生徒は授業で接点をもつことはできませんが,朝礼や行事などでのスピーチで心をつかむことはできます。

 「つまらない話だけど,毎朝,挨拶してくれているから聞いてあげよう」という反応のされ方ではなく,「今日はどんなおもしろい話を聞かせてくれるか」という期待を持たせる校長であるべきでしょう。

 また,校長は,生徒の活動をほめるだけでなく,その生徒の活動を支える努力をしてきた教員を生徒の前でそれとなくほめることも求められます。

 校長は生徒だけではなく,先生方のこともよく見ていて,それぞれの良さを知っている,あるいは課題も理解している,そういう「トップ」らしさをアピールすることができる立場です。あくまでも,「人のいい年とった人」ではなく,「組織の代表者」としての顔を失ってはならないのです。

 「出張でいつも学校にはいない人」

 「たまに庭いじりをしている人」

 という印象ではなく,

 「この学校のリーダー」

 「先生方の力を十二分に発揮させられる人」

 としての校長像は,なかなか定着しにくいものなのかもしれませんが。

 中には,教員が教育委員会の決定に対して「それはおかしいのではないか」

 と言ってきたときに,「私もそう思う」と答えてしまうような校長がいます。

 教員に自分の言うことを聞かせたいと思っている校長がはまってしまう落とし穴ですね。

 自分の個人的な思いつきをすぐに口に出してしまう人がいるのです。

 その一言の重みを全く気にすることなく。

 孤独と孤立に耐えられない人間は,異なる考えの相手ごとに,すぐに同意をしてしまう

 トップがこういうタイプの人間だと,組織はすぐに壊れてしまう

  三国志に登場する袁紹のような人間です。

 カウンセラーが校長になる,というのは,学校では最もブラックな冗談でしょう。

 カウンセラーを専門の相手にするカウンセラーがいれば別の話ですが。

 「あの団体」の教員にとっても,本当に怖いのは「孤独」なのでしょう。だから,常に団体行動を強要する。

 孤独から逃げたがる人は,トップには向いていないでしょう。

 勇気ある孤立,という態度を最も堂々ととっていたのは,講演会で寝そべっていた生徒だったのかもしれません。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より