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教師や管理職が悪い知らせを聞くときの態度

 教師や管理職になろうとする人の資質として,とても大事だと私が考えているのは,これです。

 どんな態度で「悪い知らせ」に接するか。

 演技ではすぐにバレますので,これは本物の資質か,そういう体験を通して,少しでも早く理想に近づくことが重要です。

 悪い知らせを聞いて「心を痛める」のは,人間として,当然のことです。

 しかし,あくまでも,「人のために心を痛める」人間でなくてはなりません。

 教師自身,管理職自身がダメージを受けているなあ,と感じさせてはいけません。

 悪い知らせにダメージを受けるような教師や管理職には,やがて,「悪い知らせ」が入ってこなくなるからです
 
 それは,「思いやり」からです。

 「人を傷つけてはいけない」と教わっている子どもや教師のうち,優先順位が分からない人は,「悪い知らせを届けて相手を傷つけてはならない」という心理的圧迫に勝てず,「報告しない」という選択肢をとるようになります。

 そうすると,教師や管理職が知らないところで,問題が深刻化していくケースが,学校現場には多くあります。

 結局,大きな問題に発展し,対処が難しくなって「傷つく」のは「思いやり」をもらった教師や管理職なのです。

 では,「悪い知らせ」を聞いたとき,どのような態度をとるか。

 こういう態度をとるべきだ,とは言いません。

 態度というのは,気持ちや姿勢が表面に出たものです。

 どのような気持ちや姿勢をもつべきか。

 「自分の出番が来た」と思うことです。

 まあ,このあと,適切な対処をしないことが続くと,やっぱり「悪い知らせ」は届かなくなるものですけれど・・・。

 教師や管理職というのは,だれにでもなれる,という職業や立場ではありませんね。

 ・・・・・こういう気持ちや姿勢でいるから,トンデモ記事が教育ブログに出たとき,黙っていられなくなるのですけれど・・・・。

 子どもたちや若い教師たちにとって「ためにならない本」を堂々と出す小学校教師たちも何とかしたいものですが・・・。

 私にとっては,そういう本の出版自体が,「悪い知らせ」なのです。

 それで採算がとれるかどうかは知りませんが,採算がとれることをねらってのこと(当然か?)だったら,なおさら「悪い知らせ」です。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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