ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 塾の先生には得られないもの | トップページ | <公立高入試>学力検査が復活・拡大 »

開いた口がふさがらない「学び合い」の実践事例

 これ,書名を挙げたら編集者の大学教授に気の毒なので,ふせておきますが,

 「公立学校が馬鹿にされている」どころではない,

 「国立大学の教育学部が馬鹿にされる」とんでもないレベルの原稿が活字になっていることにびっくりしました。

 この世のものとは思えないほどひどい授業で「開いた口がふさがらない」状態になったことはありますが,活字にするようなものは,どんなに実践能力がなくても「書くだけは書ける」のが大学教授だったはずで,本を読んで開いた口がふさがらなくなったのは,「仕事術」以来のことでした。

 そのまま引用すると問題があると思うので,内容をふせて,どうやって「指導事例」を紹介しているか,以下でご覧いただきましょう。

 なぜか,冒頭には「教師用指導書の目標」とあります。

 中学校の教師で,「教師用指導書」を使って授業する人は,初任者くらいの話でしょうに・・・。

 ここでは,「Aの理由を,Bと関連させて理解している」というのが,教師用指導書の目標。

 子どもにわかりやすい目標に言葉を換えると?

 というパターンで,「言い換え」が行われています。

 「全員が,Aの理由を,Bと関連づけて,皆さんに納得してもらえるようにわかりやすく自分の言葉で説明することができる

 これ,もうすでに「評価の観点」がすり替わってしまっていることに,お気づきになりましたか?

 子どもにわかりやすい目標に変換したとたん,目標が変化してしまいました

 この程度は,序の口。

 次が,爆弾発言。

 手立ては?

 「みんなと相談しながら,やってみよう」・・・・!!!

 図書館から役立ちそうな本や国語辞典を持ってきておく???

 ・・・(絶句)・・・驚愕の「指導法」ではないですか???

 こんなことが書かれている本を,2000円近く出して払った人は,怒りませんか?

 中学校の歴史だと,Aに入る言葉も,Bに入る言葉も,「辞書を引けば出てくる」ものではないのですよ!

 小学校で,本からノートに「平行移動」しただけの言葉を子どもが発表しているのをよく耳にしますが,そのレベルで中学校の学習を捉えているこの大学教授は,間違いなく,元小学校教員だ!・・・・と思ったら,元中学校の理科の教員でした。

 子どもたちは,教科書と副読本,図書館にある役立ちそうな本を読んで,「みんなと相談しながら考える」ことで,「Aの理由を,Bと関連させて理解する」ことができる?なんてことを本で書いてしまうから,そしてそれを読んだ教師がその通りにやってしまうから,学校が「こんなこと」になってしまうのではないですか???・・・という批判を受けざるを得ない本になっている。

 「全員が~」

 「みんなで相談」

 を何よりも大切にしたい,という気持ちはわかりますが,

 何も,教科学習でそれにこだわる必要はないのです。

 7・5・3の法則通りにやろう,と言いたいわけではありません。

 「全員」とか「相談」にこだわれば,

 絶対的に「時間が足りなくなる」のですよ!!!

 私はこうやって小学校の授業をしてきて,江戸時代までしか終わらず,明治時代以降はビデオを見ただけでした・・・・という子どもを中学校でたくさん見てきているのです。

 これをもし中学校で繰り返したら,

 「反乱」を起こされても文句は言えないでしょう。

 中学生たちは,「反乱」ではなくて,「逃散」して塾という「荘園」で伸び伸び学習しているのかもしれませんね。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 経営ブログ 仕事術へ

« 塾の先生には得られないもの | トップページ | <公立高入試>学力検査が復活・拡大 »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 開いた口がふさがらない「学び合い」の実践事例:

« 塾の先生には得られないもの | トップページ | <公立高入試>学力検査が復活・拡大 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より