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「上から目線」を口にする人が,実は人を見下している

 「上から目線に気をつけようと思う」という言葉は,何ともやりきれない思いのするものですね。

 「自分は上位にいる」というのが前提になっているのが,哀しいところです。

榎本博明著「『上から目線』の構造」(日本経済新聞出版社)では,上司からの正当な指摘に対して「上から目線だ」と悪態をつく人間の心理構造を解明してくれています。

 dolceさんは昔から,本の内容に全く関係ない話なのに,タイトルだけを利用するためにブログで紹介する癖がありますが,ご自分がなぜ今のような状況になっているのか,そのような記事を書くのかが,この本を実際に読むと分かりますよ。

 コミュニケーション能力の欠如は,学校現場だけでなく,ビジネスの現場でも深刻のようです。

 相手の言い方が気に入らない,といって自分の落ち度は全く関係なく逆ぎれする人間,文句言うなら自分がやってみろ,という人間は昔からいましたが,こういうのを父性社会への嫌悪,母性に対する飢え,母性が強化されている社会の現実と結びつけて考える人は多いでしょう。

 学校現場で困った状況は,

 教師たちが指導しようとすると,生徒から

 「上から目線で偉そうに言うな」と反発されていやなので,指導できなくなっている。

 同じ図式で,

 校長が指導しようとすると,教員から

 「上から目線で偉そうに言うな」と反発されて疲れるので,指導できなくなっている。

 こういうことが起こっていることです。

 繰り返し引用して恐縮ですが,部活動に遅刻してきた生徒に

 「こんな早い時間には来られない」と逆ギレされた教師が,

 「じゃ何時なら来れるのだ」と聞き,時間を守っている生徒も一緒に話し合わせ,
 
 開始時間を遅らせる,そんな指導になってしまう場合もある。

 時間通りにきちんと出席できる部員は,無責任な部員とその部員に嫌われたくない
  
 教師によって,迷惑をこうむる例の一つです。

 企業でも,この教師のような「部下のご機嫌伺い」をするような上司が増えているようです。

 「上から目線」という言葉を発する側には,これを「言われた側が心に傷を負うだろうこと」を見越してやっている,という見方も鋭いもので,「自分は絶対に批判されない側にまわる」ための手段として使うのだ,ということです。

 「上から目線」を口にするときは,相手が親切で言ってくれた,誤りを正してくれた,という解釈よりも,相手が自分より優位に立ってものを言っているという解釈に重きを置いているのです。絶対に感謝の気持ちなどわくわけもないし,とにかく「バカにするな」という気持ちが前面に出てしまう。

 ですからdolceさんが指導要録の書き方を知らなかったことを指摘しても,「自分は間違っていない」という態度をくずさないのです。

 「上から目線」という言葉を口にするタイプの人は,そもそも「上位・下位」,「優位・劣位」といった図式でものごとを見ようとするのです。

 学校が上位で,塾は下位,なんていうのは,こういう人にとっては「絶対に譲れない」図式でしょう。

 Aだけでなく,Bでも,それなりに,という発想がないのです。

 ちょっとでも,「自分に落ち度があったな」という意識があれば,すぐに「上から目線でむかつく」なんていう反応はしないはずです。

 指導要録の正しい書き方など,自らの誤りを認めないままでいるので,見下され不安が余計に強まり,親切な態度でも見下ろす態度に映ってしまう。

 人より優位に立ちたいという思いが強いのに,現実にはなかなか優位に立てない自信のない人物が,相手の上から目線を過度に気にする。(27頁)

 できている人というのは,そもそも「上から目線」をしないというより,そもそもそんな「目線」などは感じないですむのです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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