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通知表の電子化で増えるコピペ所見

 通知表の所見を書く作業は,確かに放課後の1日ではできません。

 それでも,何日もかかる作業ではない。

 私は,通知表の所見欄が狭すぎて,書きたいことが書ききれないため,当時の校長に「小さい文字で印字したものを貼り付ける方法」を提案しましたが,却下された経験があります。
 しぶしぶ,プリントアウトしたものを0.1mmのペンで書き写し,遠くから見たら真っ黒に見えるような所見ができあがりました。

 当時の校長は,全員の所見をじっくり読んでから校長印を押すのが信条の人で,しかも「所見の所見」も公表する人でした。

 その感想の中で,「所見のパターンが3~4つしかない教員がいる」という注意(是正勧告?)がありました。
 
 もし,所見も含めて通知表が電子化されれば,「チャンス」とばかり,似たような言い回しを「使い回し」する教員が増えてもおかしくないでしょう。

 それが,「時間の節約」のためならば。

 いろいろな人がいますが,私の場合は,通知表に評定や委員会の仕事などを一人一人書き込みながら,学期を振り返って,よく観察できていた,とか,あまり見たり励ましたりすることができなかった,など反省しながら所見を書いていたものです。

 「子どもと常に一緒にいること」よりも,子どもにとっての「道徳」の時間のように,教師が自分自身ときちんと向き合いながら,教育を振り返るために,「通知表づくり」にはしっかり時間をかけるべきだと思いますが,いかがでしょうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より