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できて当たり前の仕事術

 『成功思考公式』の「プレゼンテーション攻略8の手法」で紹介されているものは,教育現場の場合,「できて当たり前の仕事術」に属しています。

1 好意の返報性

 子どもに好意をもっていれば,自然に対応がやさしく,やわらかなものになり,信頼関係が築きやすくなります。ところが,いわゆる「荒れた学校」に転勤してきたばかりの教師が,教室から抜け出しをしたり,授業中に音楽を聴いたりするのが当たり前になっていたりする生徒を「好意」の目で見るのは困難です。

 ですから,教師の場合,ここは「悪意の正当性」で勝負するしかありません。

 気をつけなければならないのは,行為に対する「悪意」であって,子どもに対する「悪意」ではないということです。また,「悪意」は,「こんな状態を今まで放置してきた教師たちの無為」に向けるべきものです。

 こうした「正当な悪意」は,今まで迷惑をしてきた子どもたちからは「好意」ととられ,そこから得られる返報性が学校を建て直すのに不可欠なのです。

2 相手の名前を呼ぶ

 学級開きのとき,事前にすべての子どもの名前と顔を一致させて教室に向かうのは当たり前のことです。

 その場で,「声」と「体格」,「しぐさ」などの特徴もインプットしていきます。
 ここの話題とは離れますが,学級開きで一人一人の子どもの人間性を見るための一番いい方法は,自己紹介をしている他の生徒を見る目や反応のあり方を知ることです。ですから全身の神経を「子どもたちの目や表情の動き」に集中させる1時間となります。

 授業中,ときおり生徒の名前を呼んで発言させたり,同意を求めたり,作業をさせたりすることで,集中力は高まりやすくなります。まとめの場面でも,「今日の学習のまとめを30秒で話す人」を決めておけば,最後は生徒が主役になって授業をしめくくることができるようになります。

3 キーワードを繰り返す

 大事なポイントを繰り返し述べる教師がいますが,私はこれにはあまり賛成できません。

 集中力がない生徒を育てる可能性があるからです。

 ただ,議論が拡散しそうなときは,「どの角度からの検討か」「何の観点についての賛成・反対か」を明確にする上で,キーワードを連呼する場合はあります。

 また,自治が大事,自主・自立,自分の頭で考える,などの言葉は,いろいろな場面で散りばめていきます。

 ストレートにそのことを話している場面だけでなく,何気なく配置して,意識の底に定着させていくことがねらいです。サブリミナル効果ですね。

4 具体化する

 言うまでもないことですが,具体化の方法もさまざまです。

 挨拶をしよう,というかけ声ばかりが飛び交う学校がありますが,具体的は指示ではあっても,本質を理解しないことには何も始まりません。

 本質にせまっていくための具体化であることを忘れてはいけません。

 歴史的な人物の具体的な姿とは何か。

 場合によっては,あることをした年齢に,大きな意味があったり,何人家族であったか,どんな趣味をもっていたか,だれの本を読んでいたか,どんな失敗をおかしていたか,・・・などが重要であったりもします。

 本質にせまれる具体的な状況で理解させることができるかどうかが,教師の力量なのです。

*5~8は次回。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より