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改革反対派は,そもそも教師を信用していない

 公務員という既得権を守りたい人々にとって,一番困るのは「改革」です。

 教師や組合のアンテナは,「改革」がどれだけ「自分にとって都合が悪いことであるか」という観点では最高レベルの感度になります。

 そしてどの感度が低くなるかというと,「教育実践」です。

 「教育実践」は基本的に過去の踏襲。

 いい実践があれば,それに飛びつく。真似をする。

 そして,熱が冷めればやめていく。

 まだ100マス計算に熱中している小学生がいますか?

 合唱コンクールは,「盛り上がる」。

 コンクール形式にしないと,練習に熱が入らない。真面目にやらない。

 だから,続ける。
  
 あって当たり前。

 こういう発想の人たちにとって,「改革なんてクソ食らえ」でしょう。

 「改革」は,教師のモチベーションを奪う,という。

 教師のモチベーションを高める政策をしろ,という。

 教師というのは,政策の変化によってころころモチベーションが上がり下がりするような人間ばかりだ,という認識が改革反対派にはあるようです。

 確かにその通りの面があることが否めません。

 しかし,要は,教師の目が子どもにきちんと向けば,政策がどう変わろうと,教育はよくなります。

 若い教師たちは,子どもを向いていない教師たちにすぐに気づくでしょう・・・というか,過去の自分の経験から,そういう教師はすぐに見分けがつくでしょうね。

 私は,高校レベルはそんな教師でも全然かまわないと思うのです。

 しかし,まさか,小学校でそんな教師がいたら・・・・・授業中=自習中に内職をするような教師がいたら・・・・。

 
 行政改革といえば土光敏夫。

 「できないのは,能力の限界ではなく,執念の欠如である」

 既得権を守る執念にかけては,ピカイチの人たちが,教育実践の矛盾に全く気づかない。

 言っていることとやっていることの違いに気づかない題材が,教育ブログにもあふれています。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より