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教師自身が持っていたいアナロジー思考

 私がある実践を目にしたときに,一見,成功に見えるものでも「これでは生徒は育たないな」と思ったり,一見,失敗に見える実践でも「これなら生徒は力を伸ばせるな」と直感したりすることがありますが,これが「アナロジー思考」によるものだということは,本(細谷功著『アナロジー思考』東洋経済新報社)を読んで知ったことです。

 個別事象の具体的な理解でよしとするタイプの人が,受験ばかりを意識した生徒にはもてはやされる。

 一方,簡単には結論のでない,おおざっぱな問いを発してやりとりをし,結局何が正解だったのかわからないような授業に不満をもつ生徒が多い。

 前者の方は,「これはこれ,あれはあれ」という知識や発想になり,発展性がない。

 後者の方は,関係性を探っていく思考回路が知らず知らずのうちに身に付いていく。

 ありとあらゆることを関連づけて考える習慣が身に付いていれば,ものごとの本質的構造が見えてくる,そういう信念のもとで,複雑な事象の構造の解明と解決策を探っていく,という姿勢は,教師にももちろん求められています。

 荒れている学校のすさんだ生徒の姿。それ以上に重たい問題をかかえる指導力不足の教師の姿はまさに相似形。あまりにも分かりやすい例ですが,こんな単純なことに気づいていない人は少なくありません。

 子どもと教師の間に,比例とか相似の関係ができやすいのは,無理もない話です。

 若い教師にとっては,個別の具体論の方がわかりやすく,とっつきやすそうに見えますが,おそらくどんな教育書を読んだ人でも,「そのとおりに実践すれば必ずうまくいく」なんて経験はほとんどないでしょう。

 「うまくいった」と錯覚する人や,そもそもよい実践ではなかったものを,その通りにできて満足している人はたくさんいるかもしれませんが。

 より抽象化していく思考によって,ものごとの「つながり」が見えてくる。

 そして,いろいろな場に「応用できる」ようになっていく。

 子どもにも,そんな力を見つけさせたいでしょう。

 授業がうまくいかない。

 本を読んだらうまくいくようになった。

 そんな教師ですら,子どもに,

 勉強がわからない?

 本を読んだらわかるようになるよ。

 なんてアドバイスはしないでしょう。

 子どもにも,類推の発想を促す質問なり指示の仕方を普段から考えておくといいですね。

 そもそも,教師自身が「例え話」がうまいとか,「隠喩」を上手に使うとか,そもそもそういう言葉の使い方があることを子どもに教えておくとか,それだけで子どもの理解力や発想力は全然違ったものになってきます。

 生活指導では,具体的な姿ばかりに目がいっていたために,問題にも気づかず,したがって解決の必要性すら認識できないなんて教師ではなく,抽象化する作業を通して,次に起こりうる問題への対応があらかじめできるようになる,そういう教師になりたいですね。

 アナロジー思考によって,場合によっては,「隠されていた因果関係」が明らかになったりするのです。

 抽象化すればするほど,「遠くから借りてくる」ことが可能になります。

 思考の幅が広がる実感が身に付くといいですね。

 授業力向上のヒント,生活指導のコツ,・・・こういったものを「本で読んで知る」なんて発想はやめて,「自分なりのもの」にしていくために,いろんな経験や知識から「借りてくる」ことをねらった思考をしてみましょう。

********************

 昔,ある部活動の顧問が,遅刻してきたので注意した生徒に「こんなに早い時間には来られない」とキレられて,こんなふうに質問したそうです。

 「じゃあ,何時だったら来ることができるんだ?」

 さらに,「全員が集まれる部活動の開始時刻を話し合いで決めなさい」・・・・と指示したそうです。

 こういうタイプの生活指導は,どこでどのような形で破綻していくのか。

 笑わないで,真剣に考えてみて下さい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より