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家政婦のミタ にみる「子どもに背負わせているもの」

 教育がからんでいるドラマの脚本で一番気にかかるのは,脚本家の「子ども観」です。

 「よい子ども」のイメージが,いかにもステレオタイプです。

 「中学生日記」の終焉もきっかけにして,そろそろ「新しい」子ども像を提供してほしいものです。


 「家政婦のミタ」では,愚かな大人たちと好対照になるように子どもたちの振る舞いが設定されていますが,子どもたちによる家政婦のミタへの「執拗な励まし」は,もう常識の範囲を超えています。

 フィクションだからこそできることで,それで「ウケる」のですが。


 ただ,このような大人による「子どもの利用」の方法が,私には非常に気がかりなのです。

 あれほど「強さを維持できる」子どもは滅多にいないでしょう。


 子どもはもっと深い傷を背負うことになるはずで,そういう傷を背負った人たちが,おそらく「子どもを窓から投げ落とす」ようなことができるようになっていくのでしょう。


 子どもには大人以上に深い傷が残る可能性のある弱い存在であるのに,「そういう傷を深く負う」のは大人の特権だと誤解し,子どもは「何も考えなくてよい」「何も感じなくてよい」というメッセージを暗に送り続けているようなドラマに思えてしまいます。

 大人よりもあっさり立ち直って,大人の心配をしている子どもをしっかり描いているのですから。


 「深く苦しむ大人が,その状況によって子どもを苦しませることには,鈍感であってよい」というメッセージも,伝わってきます。

 すでに様々な声が寄せられていることと思いますが,視聴率が高い,つまり影響力が強いドラマの場合には,それが「社会現象」になっていく,ということは過去にもありましたので,邪推してみました。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より