ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「家政婦のミタ」にみる教育失敗学 | トップページ | 教育現場でチェック機能が働かない理由 »

「家政婦のミタ」への期待

 本当に愛情をもっている子どもには,

 媚びるような親ではなく,

 甘やかす親ではなく,

 厳しく接することができるはずだ・・・というメッセージは,


 教育現場には,
 
 本当に愛情をもっている生徒には,

 媚びるような教師ではなく,

 甘やかす教師ではなく,

 厳しく接することができるはずだ・・・という形で響いてきます。


 しかし,ただ厳しく接することはできても,厳しく接する生徒に対して,愛情も感じさせることは簡単ではありません。

 愛情を感じながら,厳しく接することも,簡単ではありません。

 
 自分を忘れることができたら簡単そうですが,人間,そう簡単でもありません。


 裏の裏を見てきた私には,「感動させようとする意図」が見えてしまうので,そう思えるのかもしれませんが,「耐えている自分」に酔うことができたら,実はそんなに難しくはないのです。

 制作者は,今,どんなふうに酔っているでしょうか。

 いよいよ明日が最終回ですね。

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへ

« 「家政婦のミタ」にみる教育失敗学 | トップページ | 教育現場でチェック機能が働かない理由 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

家政婦のミタ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「家政婦のミタ」への期待:

« 「家政婦のミタ」にみる教育失敗学 | トップページ | 教育現場でチェック機能が働かない理由 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より