授業見学では何を見られているか?
毎年多くの教育実習生を指導したり,研究会に属していたり,行政の仕事で学校を訪問することが多かったりしたので,私は普通の教員よりは「授業見学」をよくしています。
私は授業で何を見ているのでしょう。
特にこれといったチェックリストは持ち合わせていません。
隅から隅まで,あらゆるところにいちゃもんをつけられます。
それくらい批判的に授業を見ることで,自分の授業の改善に役立つのです。
もし,教師の総合的指導力を見抜こうとして授業を見るときは,教師と生徒との間の「呼吸」を感じ取ろうとします。
小学校の教師の文句ばっかり言って申し訳ありませんが,どうして小学校の教師は,あれだけいつも一緒にいる子どもたちなのに,授業になると違う空気を吸っているのかが理解できません。あえてそうしている立派な人もいるのでしょうが,よそよそしいというか,もっと「近く」にいていいでしょう,という印象が強い教師が多い。
そして,もっと「離れろよ!」といいたくなるほど,休み時間になるとベッタリしている。
これ,逆でしょう。
中学校の教師の指導力不足になると,これがどういう場でも「離れている」。唯一,部活動だけ,生徒を奴隷にできる。生徒は,教師の呼気を吸うだけ。
教育実習生にはほぼ習得できないのが,この「呼吸」の合わせ方です。
小学生というのは,いつも表情に変化があり,そしてそれが頻繁にあり,「教師の目をひきつけよう」と努力しているのがわかりますが,これは単なる「自分を見てほしい」というアピールであって,授業の内容の反応とは無関係の場合があって,逆にやっかいです。だから,計画的に「離れる」人もいる。
中学生というのはとても授業がしやすい。それは,中1も後半になってくると,だんだん「自分をおさえる」ことができるというか,「自分をおさえたくなる」ようになってくる。
だから,授業の中での反応というのは,内容に直結したものが多い。これにしっかり反応するのが,教師としての「礼儀」です。
生徒の反応に反応できない人は,どんどん「違う世界の人」になっていく。
指導力不足教員の授業を見ると,本当に「この世の人か」と思ってしまいますよ。
背筋が寒くなってきたのでこのへんでやめます。
« 教育実習生に対する「厳しい評価」 | トップページ | 教師の「使命感」について問われたら? »
「教職教育」カテゴリの記事
- 現実的な教育内容や教育方法の議論がなぜ小学校や高校では役に立たないか(2017.12.29)
- 日本の教育に欠けている「適時的で適正な評価」の発想(2017.12.25)
- 鉄道トラブルと学校教育の劣化の共通点(2017.12.23)
- ネガティブ・ケイパビリティ~解決困難な問題に正対し続けられる資質能力(2017.12.04)
- 準備体操なしで全力疾走させるような授業はアウト(2017.11.26)
「教育」カテゴリの記事
- 「偉くなる」つもりがなかった人の習慣(2018.04.23)
- 量より質が大事なものと,質より量が大事なものとは?(2018.04.23)
- 学校の評価・評定は,本当に適切なのか~中学校別評定割合一覧からわかること(2018.04.15)
- コミュニケーション能力の乏しい人たちが考えるコミュニケーション能力向上策(2018.04.15)
- 成績(評価・評定)管理の不徹底問題(2018.04.14)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92794/53422777
この記事へのトラックバック一覧です: 授業見学では何を見られているか?:
コメント