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内田樹ファンの教師の痛さ

 「子どもの頭の悪さ」を定期的に嘆いている公立高校の教師のブログがあります。

 「気に入らなかったら立ち去れ」という但し書き付きのこのブログ主は,過去にコメントでのやりとりもあった「責任逃れ系」の代表格です。

 抽象的な言い方で申し訳ありませんが,いくつかの学校,いくつかの市町村,いくつかの都道府県で現場の状況を実際に見てきた立場からいうと,

 「自分の聞きたいことしか聞かない」

 「自分の答えたいことしか答えない」

 教師たちが多いところでは,子たちはたいへん不幸な状況におかれています。

 自分の読みたくないものは読まない,という姿勢を,読み手に対しても要求するほど,内田樹の言う人間の劣化は教育現場を蝕んでいるのです。

 内田樹が教師擁護論のような記事を書くものだから(それが本になるのだから),内田樹のファンになるのは仕方がないのですが,そこで批判されている劣化している人間が自分にあてはまるということは,平気で読み飛ばせる・・・というか,自分のことだということに気づけないでいる。

 「子どもはバカだ」とブログで嘆くような時間の無駄をしている教師を批判するような時間の無駄をしている自分もどうかとは思いますが,

 どうしたら「自分がおかしい」ことに気付かせるかが,教師としては勝負の分かれ道なのです。

 中学校に上がってきたばかりの小学生の中には,毎年必ずといってよいほど「自分は何をやっても叱られない」という信仰をもっている子どもがいて,それは不幸な経験に基づく誤解に過ぎないことをわからせるのに,一苦労するものです。

 これが大人になるまで信仰が死んでいない場合は,できれば多くの第三者からの「証言」「協力」がほしくて,公開されたコメントでのやりとりの場をつくりだしているのです。

 私の力不足で,第三者からの協力はごくわずかしかいただけなかったのですが,ありがたいことに,そういう「記録」は今でも消されずに残っているところが救いです。

 私のスタンスはどなたを相手にしても同じなのですが,私が選んだ相手も,みなさんほぼ「同じ」であることが懐かしく思えます。

 自分のことが全く見えていない教師たち。

 都合の良いことしか見ようとしない教師たち。

 都合の悪いことを全く見ようとしない教師たち。

 こういう教師たちばかりの学校という職場は,こういう教師たちにとっては最高の「楽園」であり,子どもたちにとっては「地獄」なのです。

 ただ,そういう子どもも自分を教えてきたような教師になれば,「楽園」が待っています。

 こういう教師が今,増えてきていることを本気で危惧しています。
 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より