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都立高校は膿を出し切れるか


 おそらくは内部告発でしょう。

 100ページの1文でも記事にしましたが,これは「氷山の一角」か,どうか。

 「調査の結果,不正はなかった」ことは,真実かどうか,という疑念がぬぐえないのは,

 日本橋高校のとき(2008年11月29日の記事参照)

http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/11/post-0ddb.html

と同じで,

 「入試得点は操作されている可能性がある」ことが明らかになってしまいました。

 都立高校の入試得点の操作の噂は,昔からありました。

 「茶髪で願書を出したら『減点』される・・・」

 中学校の受験指導の中には,

 「受験は願書提出から始まっている。服装・頭髪・挨拶には特に注意せよ」

 という内容が入っていますが,これが完全に的を射たものであることが証明されました。

 

 校長は,学校説明会等ではっきりと宣言していたようなので,「不意打ち」ではないことは確かです。

 ただ,得点を操作することができた,という事実が,入試への信頼を根底からくずしてしまいました。

 さて,今回の蒲田高校では,校長が「懲戒免職」になったようですが,その指示に従って「不正」をはたらき,それを隠し続けてきた副校長はじめ教員たちは「無罪」なのでしょうか。

 今回の「不正を知らせる匿名の電話」があったのは約1年前のことでした。

 ということは,まだ調査中の「内部告発」があるということでしょうか。

 校長の指示で(そうとも言えないことも想像はできますが)不正に荷担した教師たちを処分すれば,新たな「告発」が封殺されてしまいます。

 このような問題は,延々と時間ばかりがかかるデータの調査ではなく,全教職員一人一人への「聞き取り調査」で解決すべきでしょう。

 正直な教師が各学校に一人でもいれば,何年も前にさかのぼっての「不正」もこれからどんどん明らかになっていく可能性があります。

 「隠すこと」より「明らかにすること」の方が都合が悪い,という教育委員会ではないことがせめてもの救いです。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より