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「教育の目的」を考えるために(100ページの1文より抜粋)

 言うまでもないことですが。

 公務員である教師は,教育基本法の第一条をまず念頭に浮かべます。

第一章 教育の目的及び理念

 (教育の目的)
第一条 教育は,人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

 続いて,第五条の2では,義務教育として行われる普通教育の目的が示されています。

 第二章 教育の実施に関する基本

 (義務教育)
第五条 2 義務教育として行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。

 教育基本法では,この「目的」を実現するために達成すべき「目標」を示しています。

 その「目標」を一つ一つながめてみれば,「教育に情熱をかける教師のために」さんが三択で挙げている粘土モデル的なものがあり,農耕モデル的なものがあり,生産モデル的なものがあるのです。

 公教育に携わる教師は,この目標をしっかり把握した上で,各教科や道徳,特別活動,総合的な学習の時間の目標を踏まえた教育活動を実施していくのです。

 そして,どのモデルであっても,最終的には子どもの幸福につながることを期待して教育実践を重ねていかなければなりません。

 ある子どもにとって「幸福」でも,別の子どもにとっては必ずしも「幸福」にはならないことがあるのは,よく理解していただいているようですが。

 ある学習塾のビルの前で,泣いている子どもの手を無理矢理引っ張って入れようとしている母親の姿を見て,胸が締め付けられるようになった目撃者は私だけではないと思います。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より