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好き・嫌いにこだわりすぎる小学校教師の問題点

 このブログでは,小学校と中・高校の教師のギャップについてたびたびふれてきました。

 中学校教師として,高校教師とのギャップも確かに大きなものを感じるのですが,強烈な断絶があるのが小学校教師です。

 私は,中学校や高校の教師と比べて,小学校の教師に「不真面目」な人が多いとは決して思いません。

 むしろ,小学校には「不真面目」な教師はいないと断言することもできます。

 中高には「不真面目」な教師はごろごろしていますが,そういうアイデンティティの取り方も可能なのが中高なのです。

 この「不真面目さ」への寛容がない小学校という環境に哀れさを覚えるとともに,「真面目さ」への危惧を強烈に感じるのが小学校教師なのです。

 様々な教科の学習の時間をつぶして,百人一首ばかりを徹底していた小学校教師がいました。ありがたいことに,中学校で百人一首大会を開くと,この学級から上がってきた子どもが多いクラスが「圧勝する」のです。

 あるクラスでは,新聞づくりばかりやっていました。新聞づくりはとても得意でも,おそらくその教師が嫌いだったと思われる算数が全然できない子どもたちがたくさんいました。

 ある小学校では,「午後は眠くなって座学には向かない」という判断から,午後は体育ばかりやるクラスがありました。

 これらの小学校教師は,みな大真面目だったに違いありません。

 「子どものため」に,とても真剣だったのでしょう。

 子どもの生き生きとした姿を見るのが教師のつとめだと信仰しているからです。

 私からみるとまるで「異教徒」のように感じられる信仰が小学校教師に根付いているのは,おそらく教員養成のときに刷り込まれる教育観の影響だと思われます。

 私は教育書のたぐいを大学時代に片っ端から読んでいきましたが,そこには宗教的権威ともいえる「教育者」の実践記録が山のようにありました。

 「子どもが変わる」「目が輝く」・・・今ふり返れば,ナントカ商法にも使えるようなフレーズで満たされている本を読んで教師になった人は,決して少なくないでしょう。

 そうして「優秀な小学校教師」になった人の中には,教員養成系の大学の教師になって,自分の実践を紹介し,次の教師を育てる人も出てきます。

 学力低下が叫ばれるようになった新しいところでは,計算で集中させて点が取れる子を増やすとか,塾の方が向いていそうな教師も増えていますが,ものまねで成果を上げようとするのではなく,自分の信念をもって,私から見れば首をかしげるような評価の原理を持っているのが小学校教師です。

 外見的要素から子どもの変容を判断し,とにかく「生き生きとしている」「目が輝いている」「葛藤している」ということにこだわらないと気が済まない小学校教師たちが一番気にしているのが,「子どもがその教科の学習を好きと言ってくれるかどうか」です。

 (このアンテナの感度をさらに高める結果になったのが,「関心・意欲・態度」の評価の登場でした)

 私の手元にある,数年前の教育雑誌のタイトルが,「社会科好きにする指導法」です。

 私のセンスでは,「社会科好き」というのは非常に醜悪なフレーズです。

 「歴史好き」とか「地理好き」ならまだわかるのですが,「社会科好き」というのは,「教科の学習が好き」というわけですから,「社会科」という教科の時間に生き生きすればいいという発想です。

 もちろん「社会科嫌い」が多いから何とかしたい,という気持ちもあるのでしょうが,教師は「社会科」を好きにさせるために「社会科」の授業をするのでしょうか?

 好き・嫌いが子どもの学習行動に大きくかかわるのは小学校らしい問題なのかもしれませんが,好きでも嫌いでも学ばなければならないこと,理解しなければならないこと,正面から向き合わなければならないことがあることは,本当は子どももよくわかっているはずです。

 それなのに,教師の方が好きになってくれたのか,嫌いなのかを気にしているので,ある教師は,小学校を卒業して中学生になっている生徒に,アンケート調査まで実施していました。

 中学生でも,わざわざ手紙を郵送してくれた先生に,「あなたの授業は嫌いでした」という回答を堂々と送るのは失礼なことだ,ということくらいわかっています。

 「あなたの授業は楽しかった」「好きだった」と答えるのが礼儀です。

 日本人のアンケート好きにも私はアレルギーがありますが,それは「本音とたてまえを分ける」文化をもつ日本では,そのデータの妥当性に疑問があるからでしょう。

 たいへん気の毒なことに,中学校での私が行った質問では,「問題点」の方が多く指摘されました。

 どう見ても「好きだった」ようには思えません。

 子どもは子どもなりに,質問した人がどういう回答を期待しているかを判断して回答するのです。

 私の研究授業を参観される先生の中には,「○○先生の授業は楽しいですか」と生徒に聞かずにはいられない方が必ずいらっしゃって,「楽しい」と生徒が言っていた,ということを研究協議のなかでわざわざ伝えて下さったりするのですが,これもその先生なりの単なる「礼儀」とも受け止められますが,生徒が「楽しい」と答えてしまうのは,私に対する礼儀なのです。

 子どもに授業評価をさせる場合には,匿名性が高く,冷静な判断が下せる時期に,第三者が第三者のために実施することが信頼性を確保するための重要な条件になります。

 つまり小学校の授業の評価は,中学校に入ってから行うのがベストです。
 
 しかも,「授業は楽しかったですか」などという抽象的で意味のないことは絶対に聞きません。

 「小学校の社会科の学習で楽しいと思えたことは何ですか」「楽しくないと思えたことは何ですか」と聞きます。

 すると,内容ではなくて「話し合い」とか「発表」とか「調べ学習」とか,学習形態のことが「楽しいこと」の筆頭にきます。

 つまり,「社会的事象に対する関心・意欲・態度」がもてるようになったのではなく,「学習形態の楽しさ」が味わえたというだけの話なのです。

 ここまでで,小学校が「楽しい学習」にこだわる問題点がご理解いただけましたでしょうか。


 おそらく,ここで「では,詰め込み式の学習がよいというのか」という感情をお持ちの方がいらっしゃると思います(教師の中にはいないでほしいと切に願いますが)。

 それは,中学校・高等学校で「楽しい社会科,地理歴史科,公民科」の授業を経験されたことがない方の一般的な反応であろうかと思われます。

 そういう方は,自分自身が小学校のときは楽しかったですか,とお聞きすると,何がどう楽しかったか,思い出せるでしょうか。

 「好き・嫌い」とか,「楽しい・楽しくない」という感情を超えた,たとえば「集中できる・集中できない」「熟考できる・熟考せず,瞬間的に答えを出しておしまいになる」という授業のイメージはできないものでしょうか。

 「子どもが集中する・熟考できる社会科の指導法」というタイトルなら,分かるのです。

 なぜ「社会科好きにする指導法」なのか。二重の意味で問題のあるタイトルです。

 教師から,社会科を好きになってほしい,というメッセージを流し込まれ続けた真面目な子どもは,「好きにならなければならない」と思うようになるのです。

 有名小学校の研究授業でよく出会います。

 子どもが「意図的に」積極的に授業に参加している態度。

 子どもの「主体性」を最も強力に奪っているのが,小学校教育です。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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    「楽毅」第二巻より
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    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
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    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
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    「太公望 中」より
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    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より