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藤田晋の成長学・教師編40 お付き合いと未来の展望

 セオリー№40 接待・会食を侮ってはいけない

 アルコールが飲めないという事情で、個人的には、書き飛ばしたい項目ですが、教師のために一言。

 「お付き合い」というのは、「本音では一緒にいたくはないが、一緒にいないというのもまずいにで、一緒にいる」というニュアンスで使われる言葉です。

 あるいは、「プライベートなら絶対ごめんだが、仕事だから一緒にいる」という感じでしょうか。

 「一緒にいたくない」というのが直接的に伝わってしまっては、「お付き合いしない」より具合が悪いので、「お付き合いする」ときは悩むものです。

 こういうとき、もし自分の立場が年下だったとしたら、もう「あきらめる」しかないのか・・・。

 私の解決イメージは、「自分が逆の立場だったら・・・数年後か十数年後、自分のような人間を相手に会食などをするとき、自分はどのように振る舞っているのだろう・・・困っている相手の立場を考えているだろうか・・・」という想像をめぐらすというものです。

 そう考えると案外、「お付き合い」から学べること、築ける関係、深める交流などがあるのではないか・・・と思えるようになるのでは?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より