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だれも救えない学校(100ページの1文より)/昭和21年・第115問

 学校と教育委員会の関係がよくなるのも悪くなるのも、「教育委員会次第」という考えが「学校」側にはあります。

 これは政府と国民の関係に似ています。

 政府がしっかりすれば、国は良くなる。・・・これと同じ語法が「教育委員会がしっかりすれば、学校は良くなる」です。

 教育委員会がなくなれば・・・という声も聞かれますが、政府の場合は・・・?

 よけいなことかと思いますが、事故発生の際などは、だれもが動転しているのですから、対応に困っている第一線を支援することを考えたらいかがでしょうか。

 教育委員会が学校を支援するのは当然ですが、このようなタイトルで出版されるタイトルの「危機管理術」が「教育委員会に人を派遣してもらう」では、話になりませんね。
 厳しい学校現場の様子が手に取るように分かってしまう一節です。

児童生徒と教師を護る危機管理術

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昭和の家庭史トリビア?【第115問】 
 昭和21年(1946年)の話です。
 内閣統計局は、適切人口を5000~6000万人としました。現在、2000万人の超過だが、何年後かに適切人口に落ち着くと発表しました。何年後?
 ① 5年後 
 ② 20年後
 ③ 50年後

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 【第114問の解答
 泥棒よけにならなかったのは、③の「作る身にもなってくれ」でした。泥棒いわく、「同じく盗る身にもなってくれ」。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より