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教養を高めるには?(100ページの1文より)/昭和21年・第113問

 「本を読むのはしんどいな」と思う人間には、その「範囲」が「万巻の書」のような膨大かつ巨大なものに見えるだけである。

 「教養ってどうしたら身に付きますか?」という質問をする人がいるので、「教養」を語る本が売れるのでしょう・・・鷲田小彌太「教養論」(PHP文庫)を題材にしようと思ったら楽天ブックスでは品切れなので、こちらにしました。

 要は、「自分だけは正しい」とか、「あの人の言うこと(だけ)は正しい」とか、そういう決めつけをしないことが大切で、教養が高まるとは、「教養ってどうしたら身に付きますか?」という質問をしなくなること・・・というのが正解の一つなのでしょう。

 大学生による授業参観等の機会も多いのですが、ほとんど必ず聞かれる質問が、「どのように教材研究するのですか?」というものです。

 大学の教師が、必ず聞け、と教えているのかもしれませんが、意地悪な答えをするならば、それを教えてくれる大学を選び直したらどう?・・・ということにもなるのでしょうか。

 真面目にいつも答えていることは、・・・教材の前に、「問い」があるはずです。その「問い」を解決しようとすることが、教材研究です・・・ということ・・・これで意味が伝わらないレベルというのもあるので、そうしたら、「教材になりそうな新聞記事をスクラップしましょう」という話から入ります。

 ネットで探す・・・そういう探し方をするようになってから、「初心者」の「教材研究」の質は格段に落ちたようです・・・でも、「中級者」の質は高まりました。無駄が省けるからでしょうか。
 上級者は、子どもからその答えを探すのでしょう。

橋本治という行き方

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昭和の家庭史トリビア?【第113問】 
 昭和21年(1946年)の話です。
 「自分こそ南朝の正系だ」と名乗り出た人物(熊沢寛道・56歳)は、どの都市の自営業者だったでしょうか。
 ① 奈良市
 ② 名古屋市
 ③ 大阪市

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 【第112問の解答
 ③の手塚治虫でした。長谷川町子の「サザエさん」が『夕刊フクニチ』に初登場したのもこの昭和21年で、昭和24年からは朝日新聞での連載が開始された。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より