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サクサク現代史!(100ページの1文より)

 「分かりやすい」というのが社会では一番の落とし穴・・・・・こういう感覚はあまり一般的ではなさそうなのは、社会科の学習でも「分かる学習」の必要性が叫ばれていることから分かります。

 まんがで学べば「分かりやすい」・・・この「分かる」とはどんな意味なのでしょうか。

 「騙されている」というのは言い過ぎですが、「納得させられている」「批判力を奪われている」などと表現すれば言いたいことが分かってもらえるでしょうか。

 勉強は「サクサク」進む方が快適でよいと思われがちですが、「もっと苦労した方がいいぞ・・・」というご先祖の声が聞こえてきそうです。

*******************

 左に掲げた北極中心の地図を見ると、NATOの加盟国がソ連を、北極海をはさんで包囲しているのがわかる。

 「ナレッジエンタ」=ナレッジ+エンタテインメント(教養と娯楽)という造語は、どのくらい定着しているのでしょうか。初めて聞いた人でも、何と何が合体してできた言葉か想像しやすいものです。

 教養というと「多面的」、娯楽というと「一面的」「一過的」というイメージがあるので、本当に足し算の効果はあるのか?という疑問が残りますが・・・。

 実は、娯楽こそが「多面的」「多義的」で、教養というのはその逆だったりして・・・。

 今は何でも「ミックス」の時代ですから、この二分法自体も時代遅れなのでしょう。

 ちなみに、小五の息子は、コナン・ドラえもん・しんちゃん・両さんたちに歴史を教わっています・・・。

サクサク現代史!

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より