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藤田晋の成長学・教師編36 学年集団の情報の管制官

 セオリー№36 ブログの伝播力の高さを活用しよう

 藤田社長は会社でブログ事業を展開しているわけで、いかに使い勝手がよいものをつくるかということに関心を持っていたと思います。

 ただ、今は他社との差別化を図るために、人によっては「なくてもよい」機能が増えて、利用者の棲み分けが進みつつあるようです。

 教師の中には、仕事のことではなく家族のことを中心に・・・つまり、家庭人としての立場でつくっている人もいれば、純粋に教育のことについて私見を述べる人、その経験をもとに過去の職場のことを書く人、リアルタイムで子どもや親への文句を書く人、わざわざ「校長」とか「退職校長」という肩書きで教育とは関係のない話を書く人・・・・など、様々です。

 教師としての自己成長を促すために、「ブログ」とどうつき合っていけばよいのか、自分で「ブログ」を立ち上げるべきかどうか・・・それは、どのような「読者」を想定し、どんなメッセージを送ろうとしているのか、ということと関係があるかもしれませんが、単なる「日記帳」のかわりとして利用することも可能です。

 もし日記帳代わりに使うのであれば、「5年日記」のように、過去の自分と比べることで、自己成長を感じたり、足踏み状態であることに気付いたり、新しい目標を設定したりと、それなりに効果は期待できると思います。

 「ブログの伝播力」を教育の質的向上に結びつけるとしたら、たとえば「家庭学習課題」を定期的に示したり、提出された模範解答を公開したり、それを閲覧していた他校の教師や生徒が相乗りしてくるような実践も面白いかもしれません。
 
 公的なブログとしては、学年の数人の教師が共同で運営し「学年通信」の代わりとするものなども考えられます。若い教師はパソコンに向き合う役割になるでしょうから、これを情報収集の手段として活用することで、「管制官」のような気分が味わえるかもしれません。もちろん情報は教師からだけではなく、生徒たちからも集める必要があります。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より