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記憶に頼ろうとすれば思考は停止する

 視野が狭くなると、自分の何にどの程度偏っているかが分からなくなります。

 逆に、視野が広くなりすぎると、何をどこまで追究したらいいのか分からなくなります。

 大事なことは、ポイントを絞るべきときは絞り、大局的に考えるべきときは視野を広げて答えを焦らない。

 よくあるのがこの逆で、早く優先順位を決めて重要なことに取り組むべきなのに先延ばしし、今はどうでもいいことをダラダラと議論する・・・・時間の無駄としか思えない会議は早く終わりにしたいですね・・・。

 会議はどうあるべきか・・・・本を読んで記憶しているだけでは、いつまでたっても良い会議はできるようになりません。やはり、理解すべきなのです。


「100ページの1文」(09/10/25)より

円周率の100万分の1の位の数はいくつ?

 まったくバカらしい話をと思うかもしれませんが,あらゆる受験勉強は,先に申しあげた通りしょせんは記憶力の勝負です。

 頭がいい人というのは,「理解」するのが早いため,「単なる記憶」という表現ができてしまいます。

 全く何の「理解」もなしに「記憶」することは難しいものです。

 本当に「バカらしい話」というのは,たとえば,「円周率の100万分の1の位の数はいくつですか?」というような「問い」が受験で問われることでしょう。

 どこかの機関で,「バカらしい問題ワースト10」のような調査・発表をしてもらえないものでしょうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より