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T大学附属「育鳳学園」の教師1

 この話はフィクションです。 

 「育鳳学園」に入学した生徒には,一人一台の携帯端末(リース)が貸与され,登校時間,下校時間,出席した授業等は,すべてこの端末に内蔵されている機器で記録され,希望する家庭には,メール等で学校到着や下校等が知らされることを以前にご紹介しました。

 今日は,教師がもっている携帯端末とその利用法をご紹介します。

 「育鳳学園」には,職員の朝会はありません。

 毎朝8時までに(前日の夜から),必要な連絡事項はメールで届きます。

 開封された時間などは管理職の端末に送られますから,読んでいない人はすぐに分かり,連絡できる仕組みになっています。

 基本的に,大勢が集まって開かれる会議はありません。

 最も重視されるのは「教科会」で,専門性を高めるための情報交換をさかんに行っています。

 さて,携帯端末の話ですが,内容によって,管理職の決裁もこの端末を通してとることが可能です。

 端末には,文科省関係の文書も含め,ありとあらゆる情報がメールで入ってきますから,けっこう読むのが大変ですが,たいていの教師は通勤時間でそれをこなしています。

 この端末を使うことで,学園では年間数万枚の用紙の節約を実現しています。

 もちろん,全く紙に印刷しないわけではありません。

 教師の中には,この端末を使ってブログを発行している人もいます。

 子どもに向けて配信することも可能です。

 一つの学級だけに向けて発行するのは遠慮するよう伝えられており,学年単位で作成されます。

 希望する親の携帯にも配信されます。

 なりすましやデータ書き換えなど,当初危惧されていた問題はほとんど解消されています。

 携帯端末は特別生体認証でファイルを開くことが可能になりますので,もし他人の手に渡っても心配ありません。

 新型インフルエンザで学年閉鎖になったとき,この端末を通しての授業が実施されました。

 集まってきた情報の処理について,若干の課題もありますが,成績をつける参考材料にはなります。

 教師がもっている携帯端末は,画面が生徒のものよりかなり大きいので,生徒は物珍しそうによく眺めています。中には,その端末を使いたいという一心で,自分も教師を志す・・・という生徒も現れだしました。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より