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野村監督のような「校長」が現れたら・・・?

 レベルの違いはもちろんあるでしょうが、野村監督のような「実績」のある校長は公立学校にも大勢います。

 ただ、経営陣に対して野村監督のように言いたいことを言ってしまうような校長はいません。

 経営陣は経営のプロであって、野球のプロではないので、すれ違いは避けられないのです。

 野球のプロのプライドが、経営のプロのプライドよりも高く見えてしまうと、クビを斬らざるを得なくなるのでしょう。

 納得できないファンのことが度外視されるほど、その問題は大きいのでしょう。

 教育界の場合は、教育委員会というところは行政のプロであって、教育のプロではないので、現場ではおかしいと思っていることがあってもただ従うのみです。

 その関係を分かりやすくするために、行政委員会としての教育委員会は、「教育行政委員会」と呼称を変更するとよいかもしれませんね。

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昭和の家庭史トリビア?【第94問】 
 昭和19年(1944年)の話です。
 10月に、資生堂が大量の高級香水を受注、製造しました。当時は、香水はもちろん容器の製造すら禁止されていたのに・・・。いったいどこへ輸出するためにつくられたのでしょうか?
 ① アメリカ合衆国 
 ② ソ連
 ③ 中国

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 【第93問の解答
 ③の1~2万円でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より