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藤田晋の成長学・教師編33 保護者との距離

 セオリー№33 ビジネスマナーは距離感の見極めが大事

 教師にとって少し難しいのが、「保護者」との距離の取り方です。
 
 特に、若い教師にとっての「保護者」は人生の先輩に当たりますし、二人目、三人目の子どもを担任しているようなら、親としてもベテランになっているかもしれないので、基本的には「敬意」をもって接するのが当然でしょう。

 ただ、言うべきことはきちんと伝えなければならず、ときには親としての責任の問題にふれざるを得ない場合があります。

 そういうときは、たとえばある程度年輩の教師とか、管理職に同席してもらったりして、「場の空気バランス」を調整する必要がありそうです。

 「場の空気バランス」は、やはりどんなに子どもが問題を抱えていようが、年上の大人に恥をかかせるような行為は遠慮すべきだろうということです。

 おそらく最近では、そういう悩みよりも、「そもそも顔を出そうとしない」か「顔を出すときにはたいてい逆上しているとき」という問題の方が先かもしれません。

 親の世代は「旧教育基本法」の影響が強いからでしょうか?

 もちろん、法律が変われば社会が変わるというわけではないでしょうが・・・。

 あまり高い緊張関係を伴わない学校社会では、管理職との距離、同僚との距離などは、ほとんど意識しないか「教頭!」と叫ぶ新規採用教師が出てしまうような「参考にならない」環境かもしれません。

 これだけは、おそらくどうにもならないでしょう。

 企業研修だけは、機会があれば受けて損はないと思われます。ただ、あまりに社会が違うので第一印象は「参考にならない」というものでしょうが、研修の成果を感じるのは、自分ではなく、自分と接している他人です

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より