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こだわりの質が成否を分ける ふり返り366日【08/7/22】/第97問

 一年前の記事にあった「よきリーダーの卵たち」は、本物の「よきリーダーたち」に育ってくれました。

 民主主義の世界では、リーダーはメンバーの中から選出される仕組みをとります。

 強い牽引力がある人が、必ずリーダーに選ばれるとは限りません。

 大人の目から見て、この生徒はリーダーにふさわしい・・・と考えていた子どもが選ばれないこともしばしばです。

 子どもたちの中には、まだ本当の「リーダー」の意味が分かっておらず、大人が使う「リーダー」という言葉のイメージと乖離があるのかもしれませんが、「リーダー像」をつくっていく過程というのも大切なものです。

 多くの「他者」への「共感」がスムーズにできる人が、中学校レベルのリーダーとしてはふさわしいのかもしれません・・・・政治の世界でも「共感」は前提かもしれませんが、それが全面になると身動きが全く取れなくなります。

 操作主義は、人を動かそうとする側のこだわりが他者に気付かれてしまうと失敗します。
  
 「他者」のためである「こだわり」もあるものだということを感じ取れるまでの成長を期待したいという面もありますが。

08/7/22 操作主義からの脱却策としての「共感」  子どものリーダーや若い教師が陥りやすい失敗に、「操作主義」の「におい」をかぎつけられ、うまくいっている人と同じようにやっているのに、うまくいかないということがあります。  それは「同じよう」なはたらきかけはできても、決して「同じ」はたらきかけではない。  成功と失敗を分けるものは何なのでしょう。  相手を動かしたい、というより、「操りたい」という願望をもってしまうと、その「におい」が相手をかたくなにさせる原因になります。  どのようにしたら相手が自分の思うように動いてもらえるようになるのか、というのが、操作主義の発想です。  相手に自分の気持ちを理解してもらえれば、相手が自分に共感してくれれば、・・・と必死に願うのですが、どうしてもうまくいかない。  うまくいかないと、「どうして理解してくれないのだろう」となってしまいます(親が勉強しない子どもに「どうしていくら言っても聞いてくれないのだろう」と嘆くのも同じこと)。  こういうとき、教育の大原則、「子ども(相手)の立場になって常に考えること」を適用すると、先が見えてきます。  相手を自分に共感させようとしている人は、なかなか相手の共感が得られない。  ではどうするかというと、自分が相手に共感すればよいのです。  大事なのは、「共感を得よう」ではなく、「深く共感していこう」とする姿勢です。  そうすれば、「共感し合える場」が生まれ、うまくいくときが多くなります。  私は最近、よきリーダーの卵たちの成長の場面に立ち会うことができました。  まだ道のりは半ばですが、「共感してくれる人」との出会いが、「共感を得よう」から「相手に深く共感していこう」という姿勢への転換を促してくれたように思います。

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昭和の家庭史トリビア?【第97問】 
 昭和19年(1944年)の話です。
 接着剤や塗料用の原料不足のため、その代用として木製飛行機に利用することが決まったものとは?
 ① 米
 ② 血液
 ③ 魚

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 【第96問の解答
 ③の「おしゃべり防止のため」でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より