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特別な「特別活動」 ふり返り366日【08/7/17】/第93問

 ほとんどの中学校3年生にとって、今の時期は「受験生」としての「大事な時期」だと思われていることと思います(実際には、受験生として大事な時期は、1・2年生だった・・・などといういじわるなことを言う教師は少数派でしょうね)。

 中学校3年生にとっての10・11・12月は、模擬試験のシーズン・・・ではなくて、中学校生活を総括する時期です。その「総括」の質が、その後の人生の質を左右する・・・なんて大げさなことが真実なら、すべての学校を「中高一貫校」にするくらいの勢いがほしいところですが・・・。

 入試の面接でも、ちょっとレベルは高い質問ですが、「中学校生活の一番印象に残っていることは何ですか」「何を中学校生活の中から学びましたか」「今後の人生を左右するような経験をしましたか」・・・という形で、「総括」の質を問われることが考えられます。

 そういう質問の答えは、学習や生活の質によるわけです。

 多くの中学生にとって、最も印象に残っているものとは、部活動の大会とか、大きな行事でしょう。

 「特別活動」(部活動はこのカテゴリーに入れられませんが、実質的な「特別活動」です)というネーミングを、一日も早くなくすことが、「生活の質」の改善に役立つかもしれません。

 これを思い切って「自治活動」にしてしまえば、生徒会活動、文化的行事・・・あらゆるものの活動の「質」が変わっていくでしょう。

 今まで「特別」でない「特別活動」を経験してきた生徒にとっての、「特別な特別活動」というのを体験させてみたいものです。

08/7/17 「行事」から考える学校教育  記事が500を超えたころから、これらをきちんと整理する必要があると感じながらも、そこまでする時間が確保できないので、私がこだわっていることに関連する記事をブログ内検索で一覧にするといった単純な形でまとめをしてみたいと思います。  教師の組織的な動き、子どもの成長が手に取るようにわかる活動として、「学校行事」の運営があります。  「行事」という語句が含まれる記事を下に列挙いたしました。

 「行事」と私の経歴を教員採用時からふり返ると、
1 最初の赴任校
 とにかく行事に力が入る学校としてはトップレベルの環境でした。生徒の動きもそうですが、教師の組織的な動きに多くのことを学ばせられました。
 「教師が動くから生徒が動く」典型的な教育がそこにはありました。
 ストレートな「指導」で、厳しい面を指摘される方もいらっしゃいましたが、子どもたちの成長が教師のやりがいの糧になっていました。
2 二校目
 「教師が動かないから子どもも動かない」典型的な学校でした。
 1校目のノウハウを1年目から次々に導入しましたが、中でも学習活動をからめた「行事」(学習コンテストなど)によって学校が立て直せることがわかりました。
3 教育委員会
 多くの学校の行事を見学することができました。と同時に、そのときの教師の動きにも関心が及ぶようになりました。
4 現任校
 行事のほとんどは生徒の手によって運営されます。
 「生徒が教師を動かす」ことは、外部から見学される先生方から見るとカルチャーショックを受けるかもしれません。
 教師の手の入れ具合が難しく、「教師を頼る」意識を低く保つことが成功の秘訣なのですが、実際には、どのようなタイプの生徒が運営に加わったかに左右されます。
 教師の目から見た完成度は最初に赴任した学校を下回りますが、生徒の達成感、充実感ははるかに上です。
 失敗してもそこから多くを学び、また、実は失敗したかに見えたある時期の行事が、大きな成功の種をまいていたことに後の行事運営の中で気付かされることがあります
 行事が終わると直後にその反省を行いますが、3ヶ月前、1年前の行事で学んでいたことがあったことに後で気付けるように、ここは教師からの指導言、評価言が必要になります。
 短期的には「失敗」でも、長い目で見ればすべて「成功」の源になっているかもしれません。
 これを教師の無為無策の言い訳に使われないよう注意しながら、やはり短期・中期・長期のふり返りをきちんとしておくことは大事だと思います。

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昭和の家庭史トリビア?【第93問】 
 昭和19年(1944年)の話です。
 政府や都による疎開の呼びかけによって、東京旧市内の土地・建物の価格が下落。逆に、船橋・大宮・浦和など近郊では値上がりしました。10年前に建てられた1000円程度の家は、どのくらいになったでしょうか。
 ① 2000~3000円(2~3倍)
 ② 5000~6000円(5~6倍)
 ③ 1万~2万円(10~20倍)

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 【第92問の解答
 ②の10000戸でした。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第四巻より
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    「歴史の活力」より
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    「歴史の活力」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 外をもって仕えている者は信用するに足りぬ。つまり男でも女でも内なる容姿というものがあり、その容姿のすぐれている者こそ、依恃(いじ)にあたいする。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
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    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より